153 / 158

第153話

「津久井さん、弟をどうぞ、よろしくお願いします」  頭をさげて挨拶すると、津久井も同じように返してくる。 「こちらこそ、末永くよろしくお願いします」  年下の陽斗にも丁寧にお辞儀をする津久井に、陽斗は好感を持った。この人なら弟を幸せにしてくれるに違いない。  食事の後、光斗と津久井は、兄弟の家にいったん帰ることになった。そのあと、予約してあるホテルのスイートルームに移ってゆっくりすごすのだという。  ふたりを乗せたタクシーが正門前から遠ざかっていくと、残された陽斗は少し淋しさを感じてしまった。  これでもう、弟の世話をすることもなくなるのかなあと思えば、心のどこかにポッカリと空洞ができた気分になる。  名残惜しくタクシーの消えていった道路を眺めていると、横に立つ高梨が声をかけてきた。 「陽斗君、ちょっと、庭でも散歩しないかい?」 「え?」 「月も出ているし、夜の庭もいいものだよ」 「……うん」 「それに、君に話したいこともあるし」 「話したいこと」 「そう」  高梨は屋敷の横手を回って、庭へ向かっていった。何だろうと思いつつ、陽斗もその後についていく。  高梨家の庭は広く、英国風に美しく造られている。手入れは定期的にされているようで、今は冬に向かい草木も華やかさを控え、夕暮れ色をおびて眠りを待つようにひっそりとしていた。  芝生の一角にレンガが敷かれ、周囲にハーブの植えられた場所がある。高梨はその前に設置されたベンチに陽斗を誘った。一緒に腰かけると、薔薇のアーチの向こうに月が見える。白いアーチに絡まる茎に花はなかったが、幻想的な美しい光景だった。

ともだちにシェアしよう!