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第153話
「津久井さん、弟をどうぞ、よろしくお願いします」
頭をさげて挨拶すると、津久井も同じように返してくる。
「こちらこそ、末永くよろしくお願いします」
年下の陽斗にも丁寧にお辞儀をする津久井に、陽斗は好感を持った。この人なら弟を幸せにしてくれるに違いない。
食事の後、光斗と津久井は、兄弟の家にいったん帰ることになった。そのあと、予約してあるホテルのスイートルームに移ってゆっくりすごすのだという。
ふたりを乗せたタクシーが正門前から遠ざかっていくと、残された陽斗は少し淋しさを感じてしまった。
これでもう、弟の世話をすることもなくなるのかなあと思えば、心のどこかにポッカリと空洞ができた気分になる。
名残惜しくタクシーの消えていった道路を眺めていると、横に立つ高梨が声をかけてきた。
「陽斗君、ちょっと、庭でも散歩しないかい?」
「え?」
「月も出ているし、夜の庭もいいものだよ」
「……うん」
「それに、君に話したいこともあるし」
「話したいこと」
「そう」
高梨は屋敷の横手を回って、庭へ向かっていった。何だろうと思いつつ、陽斗もその後についていく。
高梨家の庭は広く、英国風に美しく造られている。手入れは定期的にされているようで、今は冬に向かい草木も華やかさを控え、夕暮れ色をおびて眠りを待つようにひっそりとしていた。
芝生の一角にレンガが敷かれ、周囲にハーブの植えられた場所がある。高梨はその前に設置されたベンチに陽斗を誘った。一緒に腰かけると、薔薇のアーチの向こうに月が見える。白いアーチに絡まる茎に花はなかったが、幻想的な美しい光景だった。
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