4 / 69

第4話 恋敵

 夕方の外来の診察を終え、沢井が帰り支度をするため更衣室へ向かっていると、反対方向から、社員食堂で黒崎と食事をしていた新入りの精神科の医師が歩いてきた。  すれ違う瞬間、沢井とその男の目が合った。……いや、違う。相手が沢井を一瞥したのだ。  そして男の瞳には沢井に対するあからさまな敵意が浮かんでいた。 「今日、社食で新入りの医師と一緒だったな」  沢井は黒崎の手作りの肉じゃがを食べながら、話を切り出した。 「え? なんで知ってるの?」  黒崎がきょとんとした顔をする。 「オレと川上もいたんだよ。そのとき」 「なんだ、全然気づかなかった。声かけてくれれば良かったのに」  黒崎が微笑む。  病院ではいつもポーカーフェイスの彼だが、沢井の前だけでは愛くるしい笑みを見せてくれる。 「いつ知り合いになったんだ?」 「廊下を歩いてたらいきなり声かけられて。以前参加した学会で、オレのこと見かけたとかなんとか言ってたっけ、あの人……えーと鈴本先生」 「…………」  なんか嫌な感じだった。すれ違いざまに沢井に見せた敵意といい、黒崎に親しげに近づいている様子といい。  沢井が黙り込んでしまっていると、黒崎が心配げに聞いてきた。 「和浩さん、今日の肉じゃが美味しくない?」 「え? いや。すごく美味しいよ。また腕上げたな。この味噌汁もすごくいい味出てるし、サラダも美味しい」  沢井は嫌な胸のざわめきを追い払うと、正直な感想を述べた。黒崎がホッとしたように笑う。 「うん。はるさめサラダは結構うまくできたかも」 「雅文は料理の才能もあるんだよなー。オレだとこうはいかないよ」 「和浩さんの料理は大雑把なのが多いよね。鍋とかでも、具がすごく大きくて。でも味付けはすごくオレ好みだよ?」  ――沢井と黒崎が一緒に暮らし始めてから半年以上が経っていた。  沢井はこれ以上はないくらいの幸せを彼との暮らしで感じている。  だから、と沢井は思った。  この幸せを壊そうとする人間が現れたなら、オレは絶対にそいつを阻止する。  そのとき沢井の脳裏には、鈴本の姿が浮かんでいた。

ともだちにシェアしよう!