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第8話 屋上での会話

 黒崎は疲れが溜まってきたら、屋上へ来て空を見上げる。  その日も、夕方の空き時間に屋上へ来ていた。  ずいぶん、日が長くなったな……。  ぼんやりとそんなことを考えていると、声をかけられた。 「休憩ですか? 黒崎先生」  鈴本だった。 「はい、まあ。……鈴本先生もですか?」 「オレはこれ」  そう言うと、鈴本は煙草を取り出した。 「吸ってもいいですか?」 「どうぞ」  鈴本が煙草に火をつける。  空へ消えていく紫煙の流れを黒崎が目で追っていると、鈴本が思い出したというように口を開いた。 「黒崎先生、これ食べませんか?」  白衣のポケットからチョコレートの詰め合わせの小さな箱を出した。 「女性患者さんからいただいたものなんですけど。甘いもの、苦手ですか?」 「いえ」  短く答えたが、実は黒崎は大の甘党である。  鈴本はチョコレートの箱を開けた。  黒崎は少し逡巡してから、綺麗に細工されたチョコレート菓子を一つつまみ、口の中に入れた。  洋酒のきいた優しい甘さが口の中に広がり、黒崎の口元が小さくほころぶ。 「黒崎先生」 「はい?」  黒崎が鈴本のほうを見ると、彼は人差し指を黒崎の目の前にかざしていた……。 「――先生、黒崎先生……!」  自分を呼ぶ声に、黒崎はハッと我に返った。鈴本が心配そうにこちらを見ている。  ……? 「オレ、今、眠ってた?」  聞くともなしに呟くと、鈴本が答えた。 「なんか貧血起こしたような感じに見えましたけど、大丈夫ですか?」 「ええ、はい」  なんだったんだろう? 今の感覚。急に夢から覚めたときみたいな……。 「顔色、悪いですよ? 外科は忙しいでしょうから、疲れているんじゃないですか?」 「いえ……」  そのとき黒崎のPHSが鳴り響いた。 「はい。分かりました。すぐ向かいます」  手短に応えてから、 「オレ、先に戻りますね」  鈴本に一礼すると、彼は黒崎の手にチョコレートの箱を渡した。 「これ、どうぞ。オレ、甘いものは苦手だから」 「でも……」 「疲れているときは、甘いものを摂るのがいいんです」  そう言って微笑む鈴本は、典型的な好青年に見えた。

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