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第9話 恋敵の接近

 沢井が外科のスタッフステーションに戻ってきたとき、黒崎は自分の席でパソコンに向かっていた。 「黒崎、503の高安さん、どうだった?」 「あ、はい。痛みを訴えていましたが、鎮痛剤の投与で今は落ち着いています」 「なら安心だな。朝になったら痛みもマシになるだろうし」 「はい」  今夜は沢井と黒崎の二人が夜勤担当である。  公私の区別はきっちりとつけて、二人とも病院では先輩医師と後輩医師に徹しているが、それでも忙しい仕事の中、好きな人の顔を見れるのは正直うれしい。 「あれ? おまえ、そのチョコレートどうしたんだ?」  黒崎のパソコンの傍に置かれたチョコレートの小箱に気づき、沢井は訊ねた。 「あ、もらったんです」 「珍しいな、おまえがプレゼントの類を受け取るなんて。押し付けられたか?」 「いえ、鈴本先生からもらったんです」  その言葉に沢井はピキンと反応した。 「……なに?」 「夕方、屋上で偶然一緒になって。そのチョコレート、鈴本先生が患者さんにもらったもので、でも甘いものが苦手だからって、オレに」 「…………」  沢井は自分がすごく不機嫌になっていくのが分かった。 「黒崎、このチョコレート、オレがもらってもいいか?」 「え? はい、いいですけど」  黒崎はきょとんとした顔をしている。  沢井の本能がはっきりと告げていた。  鈴本は雅文に気があり、近づいてきていると。  そして多分、沢井と黒崎の関係にも気が付いている。だからこそすれ違いざまにあからさまな敵意を向けてきた。  黒崎のことになると沢井は、いつものクールさや冷静さはどこかへ行ってしまう。  だから、大人げない行為だと分かってはいたが、沢井はチョコレートを捨てずにはいられなかった。

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