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第14話 催眠
「……沢井はあなたを捨てて、元の奥さんと子供のところへ行こうとしてるよ」
鈴本が黒崎の耳元で囁くと、彼の形のいい眉が苦しげにひそめられ、
「う……」
呼吸も辛そうなものになって来た。
この辺りでやめておいたほうがよさそうだな。
鈴本は黒崎の催眠状態を解いた。
「黒崎先生、ここのところなんか具合悪そうですけど大丈夫ですか?」
「……大丈夫です」
「忙しすぎるんですよ。たまにはゆっくり休まないと」
「そうですね……」
鈴本と黒崎の距離はいつまで経っても縮まらない。屋上や休憩室で黒崎が一人になったときを見計らい、催眠暗示をかけるのにも限界がある。
鈴本は焦りを感じていた。
「おい黒崎、どうした? 顔色悪いぞ」
沢井にそんなふうに声をかけられたのは、遅い昼食を終え、自分の席で患者のカルテを見ているときだった。
「え? そうですか?」
「ああ。大丈夫か?」
「ええ。別になんともありませんが」
「……おまえ、このあとは確か外来の診察が入っていたな」
「はい」
「オレが代わるから、おまえはもう家へ帰って休め」
「え? 大丈夫ですよ」
「ダメだ。上司命令だ。分かったな」
「はい……」
黒崎は不承不承返事をした。
マンションへ帰り着いたとき、時刻はまだ夜の七時前だった。
和浩さんてば、心配性なんだから。確かにここ数日ハードワークが続いていたけれど、それは和浩さんだって同じで、オレはあなたの体のほうが心配だよ。
ツラツラと考えながら寝室へ行って、ベッドへ体を投げ出した。
ちょっとだけ休んだら、夕食の買い物に行って、久しぶりに豪華な食事を用意して、和浩さんを待っていよう。
黒崎はそう思い、目を閉じた……。
「――み、雅文!」
自分を呼ぶ沢井の声に、黒崎はハッと目を覚ました。
「和浩さん……」
「どうしたんだ!? ひどくうなされてたぞ」
「すごい、すごい嫌な夢、見た」
「夢……?」
「うん……和浩さん……!」
黒崎は手を伸ばして沢井の体に抱きついた。
「どうしたんだ? 雅文?」
沢井は黒崎の体を受け止めてくれ、心配そうに聞いてくる。
「夢の中で、和浩さんはオレを置いて、どこかへ行ってしまって……」
黒崎の目から涙が溢れだした。
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