14 / 69

第14話 催眠

「……沢井はあなたを捨てて、元の奥さんと子供のところへ行こうとしてるよ」  鈴本が黒崎の耳元で囁くと、彼の形のいい眉が苦しげにひそめられ、 「う……」  呼吸も辛そうなものになって来た。  この辺りでやめておいたほうがよさそうだな。  鈴本は黒崎の催眠状態を解いた。 「黒崎先生、ここのところなんか具合悪そうですけど大丈夫ですか?」 「……大丈夫です」 「忙しすぎるんですよ。たまにはゆっくり休まないと」 「そうですね……」  鈴本と黒崎の距離はいつまで経っても縮まらない。屋上や休憩室で黒崎が一人になったときを見計らい、催眠暗示をかけるのにも限界がある。  鈴本は焦りを感じていた。 「おい黒崎、どうした? 顔色悪いぞ」  沢井にそんなふうに声をかけられたのは、遅い昼食を終え、自分の席で患者のカルテを見ているときだった。 「え? そうですか?」 「ああ。大丈夫か?」 「ええ。別になんともありませんが」 「……おまえ、このあとは確か外来の診察が入っていたな」 「はい」 「オレが代わるから、おまえはもう家へ帰って休め」 「え? 大丈夫ですよ」 「ダメだ。上司命令だ。分かったな」 「はい……」  黒崎は不承不承返事をした。  マンションへ帰り着いたとき、時刻はまだ夜の七時前だった。  和浩さんてば、心配性なんだから。確かにここ数日ハードワークが続いていたけれど、それは和浩さんだって同じで、オレはあなたの体のほうが心配だよ。  ツラツラと考えながら寝室へ行って、ベッドへ体を投げ出した。  ちょっとだけ休んだら、夕食の買い物に行って、久しぶりに豪華な食事を用意して、和浩さんを待っていよう。  黒崎はそう思い、目を閉じた……。 「――み、雅文!」  自分を呼ぶ沢井の声に、黒崎はハッと目を覚ました。 「和浩さん……」 「どうしたんだ!? ひどくうなされてたぞ」 「すごい、すごい嫌な夢、見た」 「夢……?」 「うん……和浩さん……!」  黒崎は手を伸ばして沢井の体に抱きついた。 「どうしたんだ? 雅文?」  沢井は黒崎の体を受け止めてくれ、心配そうに聞いてくる。 「夢の中で、和浩さんはオレを置いて、どこかへ行ってしまって……」  黒崎の目から涙が溢れだした。  

ともだちにシェアしよう!