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第26話 不安な瞳

「大丈夫。エッチなことは病院ではしないから」  沢井がニヤニヤした笑い声混じりに言うと、黒崎は真っ赤になり、 「あ、当たり前でしょっ……」  そう言ってさっさと歩きだしてしまった。  だが、沢井は仮眠室で不謹慎にも、おやすみのディープキスをして、黒崎を怒らせたのだった。    「今日、心療内科の診察に行ってきたけど、疲れがたまっているんだろうって、言われただけだったよ」  自宅マンションで、遅い夕食を二人で食べているとき、黒崎は言った。 「ああ……、喜多(きた)先生の診察受けたんだな。いい先生だったろ?」  沢井は黒崎の手作りの唐揚げを食べながら、応じた。 「うん。とても優しい先生だった。……でも、もう行かなくてもいいでしょ? オレ、本当になんともないし」 「でも、記憶が飛んだだろ? 田渕先生もそこのところ気にしてたし」 「一時的健忘じゃないかって、喜多先生は言ってたし、もう大丈夫だよ」 「でも……」  それでもまだ沢井は心配だったが、黒崎ははにかんだように微笑みながら、 「オレは和浩さんの傍にいるときが、一番心が休まるから……」  そんなかわいいことを口にした。 「……あっ……、和浩さん……」  沢井が彼の最奥を突き上げると、黒崎は大きくのけ反り、甘い善がり声を寝室にまき散らした。 「雅文……、好きだよ……」 「あっ……、あああ……、和浩さん、和浩さん……」  うわ言のように沢井の名前を呼びながら、黒崎が縋りついてくる。 「和浩さん……、どこにも……行かないでね……」 「雅文……?」 「ずっと……オレの、傍に……いて……」  喘ぎ声交じりに言うと、黒崎は沢井の体により一層強く縋りつく。  このところ、愛し合うとき、彼はいつもこんなふうに言う。どこにも行かないで、ずっと傍にいて、と。  沢井が引っかかっていることの一つであった。  なにをこんなに雅文は不安がっているのだろう……? 「……どこにも行くわけないだろ? 雅文、オレは、おまえのものなんだから……」 「……あ……、絶対、だよ……和浩さん……」  快感の波に溺れながらも、黒崎の瞳にはかすかな不安の色が見え隠れするようで。  沢井は黒崎の体を強く何度も突き上げた。  彼の心にある、わずかな不安もなくなるようにと……。

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