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第27話 きっかけ
鈴本の催眠暗示により、黒崎の心の奥深くに植え付けられた不安。
それが、はっきり表面に現れ出すのは、ちょっとしたきっかけからだった。
その日、黒崎は川上と二人での夜勤に当たっていた。
川上は夕方の外来が長引いていて、黒崎は一人、自分の席でパソコンに向かい、仕事をしていた。
そこに仕事を終えた脳外科医、田渕がやって来た。
「黒崎、その後、具合はどうだ? 気を失ったり、記憶が飛ぶことはないか?」
「田渕先生、この前はどうもすいませんでした。もう大丈夫です」
「……それにしては、ちょっと顔色が悪い気がするけど、ちゃんと眠ってるか?」
「はい、大丈夫です」
田渕は心配してくれているが、黒崎本人は、特に不調も不眠も感じていない。
しいて言えば、悪夢を見ることが多くなったような気はするが。
だが、沢井の腕の中で眠る夜は悪夢を見ることはなかったし、一人で眠ったときに悪夢を見ても、起きてみればどんな内容だったかも覚えていない、そんな程度のものだった。
一人前の男が一人で眠ると悪夢を見ちゃうなんて、情けなくて言えないよ。
黒崎が、沢井以外の人間は絶対に気づかないだろう微苦笑を口元に浮かべていると、田渕が続けて話しかけてきた。
「ところで黒崎、沢井はずいぶんおまえのことを気に入ってるみたいだな」
いきなり言われて、黒崎はドキッとした。勿論、表情には出さないが。
「そうでしょうか……」
「そうだよ。あいつが後輩と二人で飲みに行くなんて、初めてのことじゃないかな。川上とはたまに行くようだけど。基本的に沢井はクールだからなぁ。だからこの前、沢井がおまえと飲みに行ってたって聞いて、ちょっと驚いたんだよ、オレは」
「はあ……」
どういう反応をすればいいのか戸惑ってしまうが、その戸惑いさえもポーカーフェイスの仮面の下である。
不意に田渕は声を少しひそめた。
「黒崎も沢井と三月が以前、夫婦だったことは知ってるだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、黒崎の胸がズキッと痛んだ。
三月……夫婦……、その言葉の響きに、なんともいえない不快な気持ちがせり上がってくる。
鼓動が厭なリズムを刻み、薄っすらと冷や汗さえ浮かぶ。
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