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第29話 マイナスの感情
なにも不安になることなどないはずなのに、このとてつもなく厭な気持ちはなんなんだろう?
黒崎は強くかぶりを振って、負の感情を振り払おうとした。
けれども厭な気持ちは、黒崎の心から中々消えてくれなかった。
黒崎が田渕の言葉に過剰反応し、マイナスの感情に苛まれるのは、鈴本の催眠暗示のせいである。
彼が黒崎の潜在意識に、沢井は黒崎を裏切っていると何度も吹き込んだためだった。
その後、黒崎の不安や疑心は、沢井の笑顔を見ることや、彼に抱かれ愛されることで一応の落ち着きを取り戻した。
だが、危うい精神状態にあることは変わりがなく……。
そして、マイナスの感情がピークに達する夜がやってくる。
その日は朝から雨が降っていた。
黒崎は夜までの勤務で、沢井は山本とともに夜勤というシフトだった。
黒崎が外来の診察を終え、外科のスタッフステーションに戻ってきたとき、沢井と三月が二人でなにかを話しこんでいた。
その光景を見た途端、黒崎の潜在意識が呼び起こされ、一気に不安と疑心が押し寄せる。
沢井と三月はとても親密そうに、そのときの黒崎の目には映った。
二人の姿を認めたまま、凍り付いたようにその場で立ち尽くす黒崎に、沢井が気づいた。
「どうした? 黒崎、 顔色悪いぞ」
沢井が心配そうに声をかけてくれるが、どういうわけか、それが嘘っぽく思えてならなかった。
「今日はもう終わりなんだろ? 帰ってゆっくり休めよ」
「はい……」
黒崎は沢井と三月に会釈すると、着替えるために更衣室へと歩きだした。
途中、振り返ると、沢井はまだ三月と話していて、黒崎の不安はますます大きくなっていく。
和浩さん、三月先生となにをそんなに真剣に話してるの? もしかしてこれからのこと?
心の奥深いところから、そんな疑心が込み上げてくる。そして、そんなふうに沢井を疑っている自分に茫然となる。
どうかしてる……オレは……。いったいどうして、こんなにふうに思ってしまうんだ……?
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