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第30話 事故
同じ病院で同じ外科医師として働いていれば、二人で話をすることもあって当然である。
黒崎は今までも、何回か同じように沢井と三月が話す光景を見ているが、こんなふうに邪推したことはない。
この夜、黒崎の心は完全に鈴本の暗示の影響下にあった。
雨の中、駅までの道を傘をさして歩きながらも、駅に着いてホームで電車を待っているときも、電車に乗り込むときも、黒崎の思考は厭なほうへとばかり流れて行った。
……和浩さんはオレを置いて、三月先生と子供のもとへと行ってしまう?
田渕先生の言った通り、二人はまだお互いに好意を抱きあってて……。
じゃ、オレは? オレは和浩さんにとって、なんだったんだろう?
黒崎は電車に揺られながら、軽く頭を振った。
……ああ、なんでオレは、こんなことばかりを考えてしまうんだ?
でも……。
思考が堂々巡りをしているあいだに、自宅マンションがある駅に電車が着いた。
黒崎は最悪の精神状態のまま、電車から降りる。
駅のホームは二階にあり、改札は一階にあった。
黒崎が不安を抱えたまま、階段を降りようとしたとき、子供の笑い声が背後から聞こえ、すぐ傍を家族連れが通り過ぎる。
それは若い夫婦と小さな女の子だった。
一瞬、黒崎の目には、それが沢井と三月と、黒崎は会ったこともない、愛奈という彼らの娘に映った。
心臓が凍りついたようになった次の瞬間、雨に濡れた階段で、黒崎は足を滑らせた。
体がふわりと浮いたような感覚がしたかと思うと、一気に下まで転げ落ちる。
背中に強い衝撃を受けたのを最後に黒崎は気を失った。
沢井と川上が当直に当たっている外科のスタッフステーションに、電話が鳴り響いた。
川上が電話をとる。
「はい。源氏ケ丘大学附属病院……、駅で階段から落ちて意識不明? はい、こちらは受け入れ可能です」
どうやら救急の患者が運ばれてくるらしい。
沢井は緊張を高めた。
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