31 / 69
第31話 事故②
「はい、はい……え!?」
淡々と電話を受けていた川上が、突然ひどく狼狽したような声を出した。
「……分かりました。すぐに来てください」
電話を切ると、川上は沢井を見て言った。
「沢井、落ち着いて聞けよ。黒崎が駅の階段から落ちて、意識不明らしい」
「――――!」
瞬間、沢井の目の前の世界がグラリと歪んだ。
「おい? 沢井!? 聞こえてるか?」
「大丈夫なのか!? 雅文、雅文はっ……!!」
沢井は川上に詰め寄る。
「落ち着け! 沢井、おまえが取り乱してどうする!?」
川上は度を失っている親友を叱咤した。
「まだ怪我の程度は分からない。偶然、現場に居合わせた目撃者がうちの外来の患者で、黒崎のことを知っていて、事故に遭ったのが、あいつだと分かったんだ。もう五分もせずに救急車がやって来る。冷静に診れるな!? おまえはプロの外科医だろ?」
「……ああ」
強く拳を握りしめ、沢井はなんとか声を振り絞った。
救急車はすぐに到着した。
雨の中、沢井と川上と当直の看護師がそれを迎える。
頭を打っている可能性があるので、救急隊員に頭部を固定され、ストレッチャーに乗せられた黒崎は、一見目立った外傷はないが、依然、意識不明のままだ。
「すぐにMRIとCTの検査だ!」
「分かってる!」
沢井と川上は慌ただしく言葉を交わすと、黒崎を検査室へと運んだ。
検査の結果、不幸中の幸いにも、脳にも内臓にも異常はなかった。
全身に打撲と擦り傷、切り傷を負っていたが、落ちた高さを思えば、奇跡的と言っていいほど軽傷だろう。
沢井は外科医師として懸命に冷静に治療に当たったが、愛する人の突然の事故に生きた心地がしなかった。
治療が無事終わったときには、沢井は精も根も尽き果てた状態だった。
ともだちにシェアしよう!