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第31話 事故②

「はい、はい……え!?」  淡々と電話を受けていた川上が、突然ひどく狼狽したような声を出した。 「……分かりました。すぐに来てください」  電話を切ると、川上は沢井を見て言った。 「沢井、落ち着いて聞けよ。黒崎が駅の階段から落ちて、意識不明らしい」 「――――!」  瞬間、沢井の目の前の世界がグラリと歪んだ。 「おい? 沢井!? 聞こえてるか?」 「大丈夫なのか!? 雅文、雅文はっ……!!」  沢井は川上に詰め寄る。 「落ち着け! 沢井、おまえが取り乱してどうする!?」  川上は度を失っている親友を叱咤した。 「まだ怪我の程度は分からない。偶然、現場に居合わせた目撃者がうちの外来の患者で、黒崎のことを知っていて、事故に遭ったのが、あいつだと分かったんだ。もう五分もせずに救急車がやって来る。冷静に診れるな!? おまえはプロの外科医だろ?」 「……ああ」  強く拳を握りしめ、沢井はなんとか声を振り絞った。  救急車はすぐに到着した。  雨の中、沢井と川上と当直の看護師がそれを迎える。  頭を打っている可能性があるので、救急隊員に頭部を固定され、ストレッチャーに乗せられた黒崎は、一見目立った外傷はないが、依然、意識不明のままだ。 「すぐにMRIとCTの検査だ!」 「分かってる!」  沢井と川上は慌ただしく言葉を交わすと、黒崎を検査室へと運んだ。  検査の結果、不幸中の幸いにも、脳にも内臓にも異常はなかった。  全身に打撲と擦り傷、切り傷を負っていたが、落ちた高さを思えば、奇跡的と言っていいほど軽傷だろう。  沢井は外科医師として懸命に冷静に治療に当たったが、愛する人の突然の事故に生きた心地がしなかった。  治療が無事終わったときには、沢井は精も根も尽き果てた状態だった。

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