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第32話 彼の不安の理由

「沢井、おまえ大丈夫か? ひどい顔色してるぞ。黒崎はオレが見てるから、ちょっと仮眠室へ行って横になってきたらどうだ?」  川上はそんなふうに言ってくれたが、 「いや、雅文が目を覚ましたとき、傍にいてやりたいから」  沢井の答は決まっていた。    黒崎は個室に移されていた。  沢井は静かに病室へ入ると、彼の傍に行き、顔を覗き込んだ。  黒崎はうなされていた。美貌の顔を苦しげに歪め、額には薄っすらと汗を浮かべて。 「雅文? 雅文……」  大きな手でそっと黒崎の頬に触れてから、髪を優しく撫でてやると、ようやく穏やかな寝顔になる。  しばらくそうして髪を撫で続けていると、彼の長いまつ毛がかすかに震えた。  そして、まぶたがゆっくりと開かれていく。 「雅文……!」  黒崎の大きな瞳はしばらく虚空を彷徨っていたが、沢井の姿を認めた途端、いきなり強く縋りついてきた。 「……和浩さんっ……!」 「雅文っ? おい!? まだ横になってなきゃだめだ……!」  沢井が慌てて言い聞かせても、黒崎はきつく縋りついたまま離れない。  見れば、彼の華奢な肩が小さく震えている。 「……どうしたんだ? 雅文」  沢井は黒崎の体を支えて、問いかけると、彼が腕の中で言った。 「和浩さん、行かないで。三月先生のところへ行ったりしないで……! オレ、和浩さんがいなくなったら、もうどうしていいか分からないよ……! オレの傍からいなくなったりしないで……」  沢井は黒崎の言葉に戸惑った。 「雅文? おまえなに言ってるんだ? いったいどうしたんだよ。オレがおまえから離れていくはずないだろ? こんなにおまえだけを愛してるのに」 「……本当に?」  大きな瞳を涙でいっぱいにして、重ねて聞いてくる黒崎。  沢井はわけが分からなかった。  なぜ雅文はこんなに不安がってるんだろう? どうして今更、三月の話など持ち出すのだろう?

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