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第56話 新婚旅行③
旅館では露天風呂がついている部屋を予約していた。
二人はさっそく露天風呂に入り、一日遊んだ汗を流す。
風呂から上がると、用意されている清潔な浴衣を沢井はなんなく身に着けたのだが、黒崎はなにやら浴衣を相手に悪戦苦闘している。
どうやら彼は浴衣を着たことがないらしい。
そのため、長い帯を持て余してしまい、こんがらがっている。
オペのときはあんなに器用なくせに……。
苦笑しながら、沢井が着せてやったのだが、黒崎の浴衣姿はなんとも艶めかしく、沢井はその場で押し倒してしまいそうになった。
その欲望をなんとか抑え込んで座敷に戻ると、既に夕食の膳の用意ができていた。
給仕の人間は断ったので、二人きりである。
海の幸が盛りだくさんの食事に、黒崎が瞳を輝かせてはしゃいでいる。
「うわ。すごい豪華。なんか旅行に来たって実感できるね、和浩さん」
このような無邪気で無防備な姿は、沢井と二人きりのときにしか見せない。
沢井だけが独占できる特権だ。
「せっかくだから、今夜は日本酒を飲んだらどうだ? 雅文」
「そうだね、このメニューにはビールより日本酒が合いそうだよね、そうする」
日本酒のほうがビールよりもアルコール度数が高いので、弱い黒崎はすぐに頬をピンクに染めている。
このあと、夕食の膳を下げるためと布団を敷くために、また従業員たちが部屋に入ってくる。
桜色に染まった柔肌に手を伸ばしたくなるのを、沢井はまたもや渾身の自制で我慢した。
夕食後、沢井と黒崎はベランダへ出て、満天の星空を見上げる。
流星群が降る夜だったらしく、次から次へと流れる星を二人して目で追った。
そのあいだにも部屋のほうでは夕食の膳が片づけられ、布団が二組敷かれていく。
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