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第61話 新婚旅行・二日目
翌日は二人揃って朝寝坊をし、旅館の朝食を美味しくいただき、前日には行けなかった水族館を見て回った。
そのあと土産物屋が並ぶ通りを見て歩く。
「誰になにを買うか、決めてるの? 和浩さん」
「ああ。大体は。とりあえず松田部長に一番高いお菓子の詰め合わせを買って、あとは大箱のお菓子を幾つか買えばいいだろ」
「うん。そうだね……」
そのときふと黒崎がなにかを言いたげな顔をした。
「どうした、雅文」
沢井が促すと、黒崎は少しの逡巡のあと、口を開いた。
「……田渕先生のはどうすればいいかな?」
「ああ……」
田渕とは、沢井と黒崎が愛し合っていることを打ち明けてから、絶縁状態にある。
田渕が男同士で愛し合うことなど絶対に認められないというのだから、二人のほうからはもうなにもできない。
「買っていくよ。ゴミ箱行き覚悟でね」
「うん……。オレ、田渕先生にはすごくお世話になったし」
以前、黒崎が倒れたとき、診てくれて、すごく心配してくれたことがある。そのときのことを思い出しているのだろう。黒崎の表情が曇る。
「……雅文、そんな顔するなよ」
彼の頭を優しくポンポンすると、黒崎は気を取り直したようにかすかに微笑んだ。
「うん。ごめんね。……ね、川上先生には別になにか買っていくんでしょ?」
「ああ。じゃなきゃうるさいからな。でも適当でいいよ」
「お酒のつまみになるようなものがいいよね」
「だなー」
大体の土産を決め、買うのは翌日にして、二人はそれから海を見に行った。
砂浜には誰もいなかった。
二人肩を並べて歩いていると、黒崎が遠慮がちに手を繋いできた。
黒崎のほうからスキンシップをしてくるのは珍しく、沢井は少し驚きながらも、うれしくて、そのまま彼の手を強く握り返した。
そして手を繋いだまま砂浜を歩く。
今は誰もいないけれども、いつ誰が来てもおかしくはない。それでも黒崎が、彼にしては大胆にも手を繋ぎ続けるのは、ここが旅先だからだろう。
誰に見られようが自分たちは明日には東京へ帰ってしまう……いわば余所者だから。
とはいえ手を繋ぐことが精いっぱいなのは、黒崎の奥手さゆえである。
少し頬を染めながら歩く恋人を、沢井は心から愛しいと思った。
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