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第64話 休み明けの職場②
「おー、サンキュー。……そっちのはみんなに配る分か?」
川上が沢井の鞄の中をのぞきこんで聞いてくる。
「ああ」
「三月のいないときに配るのが賢明かもよ」
「……そうだな」
そのとき、更衣室の扉が開き、黒崎が息を切らして入ってきた。
「あ、おはようございます。遅くなってすいません」
沢井と川上を見ると、ペコリと頭を下げて謝ってくる。
まだ始業時間まで余裕があるというのに、本当に真面目で礼儀正しい。
あ、後ろ髪に寝癖がついたままだぞ、雅文。それもまたかわいいけど。
沢井がクールさを装いながら、心の中で恋人のかわいらしさを愛でていると、川上が黒崎を冷やかすように話しかけた。
「おはよ。黒崎ちゃん、沢井との新婚旅行は楽しかったみたいだねー。肌なんかつやつやしちゃってさー、いいわねー」
病院での黒崎はちょっとのことでは動じないポーカーフェイスである。
川上のからかいの言葉も、
「はあ……」
と無表情で受け止めている。
それでも沢井には分かる。無表情の仮面の下で、彼がひどく照れていることが。
黒崎が無反応なことがつまらないのか、川上は自分のお土産をロッカーの鞄に入れると、
「じゃ、お先ー。更衣室であんまりいちゃつくなよー」
余計な忠告とともに更衣室を出て行った。
「雅文、オレ今から松田部長のところへ土産渡しに行くけど、おまえも行くか?」
「あ、うん」
「……それじゃ、その寝癖直さなきゃな」
「え? あ?」
黒崎はロッカーの鏡で自分の寝癖に気づいたようだ。
「オレが直してやるよ」
沢井がそう言い、彼のほうへ手を伸ばすと、
「自分でできます」
冷静に拒否された。
二人きりなんだから、もうちょっと愛想よくしてくれたっていいのに……。まあ、確かにいつ誰が入って来るか分からないけどさ。
沢井は少し拗ねた。
職場での黒崎は無表情、無愛想、仕事が命。
自宅での甘えん坊の彼とはまったく違うのだ。
……これほど温度差が激しいやつっていうのも珍しいよな。
ま、そんなところも魅力的なんだけど。
沢井もまたクールな仮面の下、デレデレとそんなことを考えていた。
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