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案件3-4

「俺の有給が無いのは俺が望んだ結果だった…!?地元の友人が語る完全週休二日制を見下していた…?」 「流石に見下してるまでは言ってないけども」 「エナドリ箱買いしてデスクに並べる自分に酔っていた…変な時間に仕事です投稿してSNSの悲鳴に酔いしれるのが…」 「懺悔室になったの?ここは」 「さすが神崎社長の親族。俺でも指摘が憚られた問題点を此処まで明け透けに」 背後で戸和に変な感心をされた。どうやら想定以上に痛恨の一撃を放ってしまったらしい。少女は兄には無い後悔を覚え、咄嗟に両手を叩いて明るい声を弾き出す。 「あ、でも気付けたって進歩じゃない!!貴重な人類の前進よ…いや貴方たちは今まで家畜だったから、真に人類になった日と言っても過言じゃないわ」 「兄にない優しさが更にエグ味を増してるな」 「此処から新しい人生をスタートするのはどうかしら!そうね…例えば、新しい会社を興すとか!」 ペリカを無駄遣いした如く床でのたうち回っていた社員が動きを止めた。新しい会社を興す? 来て早々、革新的な発言しかしない少女は完全にあの兄の資質が見える。しかし、彼女には程度は分からないが”良心”というものが存在する。 「…新しい会社って、RICを退職するってことか?」 「そうよ。だってお兄ちゃんを直すとか無理だもの」 戸和は頷いた。本当にそうである。”自分に酔っている”という指摘に場内で一番ダメージを受け、瀕死と化した萱島でさえそう思う。 なんせあの雇用主と戦い続けて既に何年経ったのだろう。エロゲをしていたため多少のダメージで済んだ牧主任など、未成年の頃に拉致されてから優に10年ほど過ぎている。 「正論だよな…俺たちにその気があれば直ぐにでも実現出来る話だ、直ぐにでも」 「…確かに考えたことはあった。此処にいる連中は全員賛成するだろうし、顧客が連れてけなくても千葉くんが居ればどうにかなるし…」 未だ床に這いつくばりながらも、萱島は眉を寄せてパトリシアの意見に賛同を添える。あの雇用主は誰かが辞職届を出すたびに予告期間を引き伸ばしているが、本来2週間あればOKな筈だ。来月にでも動き出せる話である。 ただ、問題は新しい社長をどうするか。 憎き雇用主ではあるが、奴は天才である。異常に仕事が出来る。人たらしの才があって、幾らでも金額を吊り上げた大口の受注を取ってくる。現場がやらかしても狼狽えないし、絶妙に処理する。 RICで最も代えが利かない存在は誰か考えたとき、現場目線なら牧だが、会社という総合で見れば間違いなく神崎だ。小さい会社とは言え、物凄いワンマンなのだ。 故にその問題にぶち当たった時、みんな自ずと口を噤んでしまった。多分萱島では駄目だ。戸和でも、資質はあるとは言え…未成年のこの少女も論外だろう。 「…何か問題があるんだ?」 「あー…パティ、その、新しい社長をどうするかって話なんだ。腹は立つけど、トップの資質って奴はその辺に落ちてないし」 「社長?うーん…牧で良いと思うけど」 「ぐえ」 辺りを見渡し、ゲーム機と戯れていた現本部主任を指名する。想定外に被弾した牧は悲鳴を漏らし、到頭電源を切って「まじすか」みたいな顔をしていた。 「駄目なの?」 「いや…俺も牧が一番アリだと思う。能力とか云々もそうだけど…何より3人の時代からこの会社に勤めてるメンタルを鑑みて」 皆このブラック環境に不平を垂れているが、実のところ牧の被害エピソードはそんな比ではない。面接が終わるや彼は個室に軟禁され、社の基幹システムを全部作らされたのだと言う。 しかもシステムを完璧に仕上げたばかりか、彼は異常なストレスを創作へ昇華させ、彼の代表作である『シーズン・メモリーズ』(エロゲ)まで完成させてしまった。何故そうなったのだろう。恐らく主犯である神崎も意味が分からなかったと思う。 「俺かあ…経営の事なんて良く分からんぞ」 「大丈夫だよ牧くん、君なら3日で覚えられるよ。異常なんだよ君、あの激務を8割のコストで処理して深夜アニメ見るリソース態々残してんだから」 「よし決まったわね!新しい会社の門出を見られるなんてワクワクするわ!」 皆で祝いましょう!と言わんばかりにパトリシアが戸和や牧の手を取り回り出す。未だ内部ダメージを押さえている萱島の目前で、その不思議な輪はくるくると楽し気に踊り笑声を上げている。 意味は分からんが、こう言う有無を言わさず引っ張る人材が欲しかったのだ。本部に足りなかったピースを優しい目で眺めながら、萱島は蹲ったままその辺のコピー用紙に辞表を書き始めた。

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