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No.8:曇りのち晴れのち
『おまえ、それ隼人に怒られないかー?』
『別に兄貴が怒るほどの事じゃないだろ…』
『いや…ブラコンの隼人だろ、絶対キレるぞ』
『なんでだよ(笑)…あ』
この間の兄とのやり取りを夕と話しながら歩いていたハルは、向こうもハッと気づいたばかりという表情で立っている咲を見つけ立ち止まった。
同じ制服の男と並んで、学校帰りなのか肩にスポーツバックを掛けている咲。手には紙袋をぶら下げているのが見え、買い物中っといった感じだ。咲だけだったらこのまま駆け寄って話し掛けようと思うところだが、その隣には「誰?」と言った表情でこちらを見ている連れもいて近づけない。
『咲じゃん、おーい!』
『ちょ、夕ってば;』
ハルがどうしようかと人見知りをしているうちに、夕は片手を大きく振りながら咲に駆け寄って行ってしまった。
『よ!買い物?』
『うん、友達と服を見てきたところ。ハルは…』
『あ~あいつ変なところで人見知りだからな』
早速、咲と話し始めた夕は、こっちに来いとばかりにハルを手招きする。
渋々といった表情で近づいてくるハルを見ていると咲は、隣で口をあんぐり開けている人物に目をやった。
「『2人共紹介するよ。部活の仲間で、小学校の時からの友達、高頭連だ。』」
蓮にも分かるように声に出しつつ、咲は夕とハルにヒラヒラと慣れた手話で話し始めた。
「え、お、俺⁉︎…あ、蓮です。宜しく。」
蓮の言うままを手話に訳しつつ、その驚く様を可笑しそうに話す。
「『ごめん、こいつ、俺が手話で話してるのを見るの初めてなんだ。手話出来るのも知らなかったから驚いてるみたい。』」
『あ、そうなのか。俺は夕、宜しく!咲の…同級生?』
「『そう、同じ学年で同じバスケ部。な?蓮』」
「お、おう。」
「『あ、この2人は俺のバイト先で知り合った夕とハル。2人とも聴こえないんだ』」
"いつの間にそんな事出来る様になってたんだよ"と隣から小突かれている咲を横目に、まだ輪の中に入らないでいるハル。軽く紹介されて蓮にペコリと頭を下げると、気まづそうに夕の手を引いた。
『咲も買い物中みたいだし、もう行こ?』
『えーせっかく会ったのに。なぁ?』
「『あ〜うん。別に迷惑でも無いし(笑)そっちはこれから買い物?』」
いそいそと夕を引っ張るハルに大丈夫だよと笑いながら、咲はまだ学校のバック以外なにも手に持っていない2人の様子を見た。
『ハルの補聴器が壊れたから修理出しに来たんだ。もう済んだからカフェでも行こうかと思ってたところ。』
「『補聴器?いつもつけてたっけ?』」
咲が何気なく呟いた言葉にドキリと胸から嫌な振動を感じる。ふいに耳に視線を感じたハルは、咲の視界から逃げるように夕の背後に何気なく隠れた。
『ハル…?』
『咲、こいつ補聴器つけてるところとか、耳とか見られるの好きじゃないんだよ。』
『そうなの?』
『咲みたいに良い奴ばかりじゃないからさー、補聴器つければ変なもの付けてるってイジメられたりする事もあるし。この年になればなかなか無いけど、小さい子同士は純粋にイタズラ心でそういう事もあるからな』
『そうなんだ…』
『夕、もういいから、帰ろ?咲、ごめんね、また明日、予定の時間でね!』
『あ、あぁ。じゃあまたな!』
夕を強引に連れてハルは元来た道を戻って走った。
『ハル、どうしたんだよ。いつにも増して人見知りか?』
『…』
『ハル?』
前を向いていて話を見てくれないハルに、夕は心配になって顔を覗き込んだ。
クシャっと何かを絶えるように顔を歪ませ、ハルの目からはポロポロと大粒の涙が零れ落ちていた。
『ご、ごめん!俺なんか余計な事言ってた!?』
ワタワタと焦る夕にハルは思い切り首を横に振った。
『違うんだ…っ。俺、なんか恥ずかしいけど嬉しくて…。咲が普通に何気なく俺たちの事友達だって紹介してくれたのが、嬉しくてっ…』
偏見もあるしトラブルだって健常者と比べれば沢山だ。
夕という友達と知り合ってからの学校生活が楽しく幸せだと思ってたのに、思い切って働いてみたバイト先でまで友人…いや、好きな人に出逢う事が出来た。しかも、その人は自分たちの事を周りの誰とも変わらない様子で接してくれた上に、友人に何ともないかのようにナチュラルに架け橋となってくれたのだ…。
『あんな自然に手話で紹介してくれる奴いると思う?』
涙目で夕に笑いかける。
『なかなかいないかもな』ハルの涙が嬉し泣きだったことに安堵しながら、夕も思い出したようにクスクスと笑った。
『夕、明日は咲と初めて出かける日なんだ』
『おう』
『俺…好きなんだ』
『…うん』
『咲の事』
『知ってる』
何で知ってるんだよ、と涙をぐいっと拭いながら夕に笑った。
ただ何となく…知らなくても‟男同士だろ⁉”なんて夕は言わない気がして。自然と告白してしまってから少しハルは恥ずかしくなった。
『告って来いよ』
『え…』
『咲の事は分からないけど、お前らお似合いだよ』
何故か笑っている夕の顔が少し悲しそうに見えた。
2人の頬を撫でる秋風が段々と冷たくなってきた。そろそろ冬が訪れるそんな日だった。
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