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11、やらかした
「はぁ〜〜〜〜………………」
「ん? どーしたんだよ、空」
「……なんでもない」
体育館の中には、バスケットボールが跳ねる音が響き渡っている。広い体育館を二つにわけ、そのうちの一つのコートの中で、一年生と二年生が練習試合を繰り広げているところだ。
小学生からバスケを始めたこともあって、高校ではもちろん経験者扱いだ。ここは超強豪校というわけではなく、全国大会にはいつも一歩及ばず、県内ベスト4に入ったり入らなかったりという微妙な強さである。
そんな中、中学でもみっちりバスケ部でしごかれてきた空は、一年にしてベンチ入りを認められている。ちなみに海斗も、ベンチ入りを果たしている。長身を生かしたパワフルなプレイスタイルが売りの海斗は、空よりも試合に呼ばれる回数が多い。
とはいえ一年生なので、球拾いや基礎練や、ランニングなどボールに触ることのない練習も山のように課せられる。中学の頃は吐きそうになりながらこなしていた練習も、高校ではいくらか余裕を持って取り組めるようになった。やればやるほど、身体の使い方が分かるようになり、自分がどう動けばチームの戦力として作用するのか、だんだん分かるようになってきた気がする。ようやく、心からバスケが面白いと思えるようになった今日この頃だった。
だが……今日ばかりは、集中できない。
「はぁ……」
「おいおいおい、なんなんだよため息ばっかついちゃってさぁ。空、なんか変だぜ?」
海斗と並んで試合を見ているところだが、今日はゲームに集中できない。いつもなら、空はゲームの流れからは目を離さないタイプだ。練習中でも仲間たちに声援を送り、交代してもすぐに動き回れるよう、常にアップをとりながら待機している。
だが、今日はボールを抱えてぼーっとするばかり。さすがの海斗も、そろそろ心配そうな顔になってきた。
「熱でもあんの?」
「あ、いや……。あはは、何でもないよ」
「なんか最近変じゃんお前。授業中もぼーっとしてるしさぁ」
「ああ……ね、寝不足だよ寝不足。うん、寝不足」
「ふーん」
寝不足なのは事実である。
累の家でヴァイオリンを聴いた後のことを思い出し……空はまた、「あぁ〜」と呻き声を上げた。
――うう……俺には刺激が強過ぎたよ……。あ、あんな……あんなことするんだもん、累のやつ……。
思い出すのは、数日前の出来事ばかり。
累の家で、久しぶりにヴァイオリン を聴かせてもらった日のことだ。
空の脚の間で膝立ちになった累は、躊躇うことなく空の屹立を口に含んだのだ。
うっとりと目を閉じて、空を味わうように先端を舌でくすぐられるだけで、あまりの快感にふらつきそうになってしまった。思わず累の肩を手で掴むと、累はとろりと濡れた青い瞳で空を見上げた。そしてまた、金色の睫毛を伏せて、さらに深くまで空のそれを飲み込んで……。
「ぁっ……ぁ! るい、っ……」
唾液でたっぷりと濡れた累の口内と、濡れた唇。締め付けられたり、舌を絡められたりしながら吸い上げられて、空は何度も情けない声を上げていた。累のシャツを握る拳は震え、累の頭が上下するたびに達しそうになってしまうが、口の中に出してしまうことは憚られ、なんども「やめっ……やめてよぉ……っ」と訴えた。
だが、累は一旦空のペニスを口から抜き、唾液や体液で濡れた空のそれをゆるゆると扱きながら、上目遣いに問いかけてくる。
「やめてほしい? こんなに、硬くなってるのに……?」
「っ……だ、だって、もうおれ……、出ちゃいそうだから……!」
「言ったろ、僕の口に出してって。ねぇそら、いいんだよ。僕がそうして欲しいんだ」
「けどっ……」
「そら、すごくエッチな顔してるよ。……気持ちいいんでしょ?」
「っ……」
累の指先が、鈴口を撫でる。するとそこから、とぷんと新たに透明な涎が溢れた。累はそれを見て愛おしげに微笑むと、敢えてのように舌先を伸ばしてそれを舐め、「……そら?」と声をかけてくる。
「きっ……きもちい、いい……」
「ふふ……ねぇ、もっと気持ち良くなって? 出して、ここに」
「んっ……ぁ! ぁっ……」
累は再び空の屹立を深くまで飲み込むと、粘膜の全てで空を愛撫するように顔を動かす。初めて感じる、とろけるような快感と、気高く美しい累にこんなにも淫らなことをされているという刺激も相まって、空はそろそろ限界だった。
「ぁっ……るいっ……ハァっ……おれ、」
「ん……?」
「でちゃいそ……っ、あ、はぁっ……も、むり……っ!」
限界を訴え始めた空を、累はさらに激しく攻め立て始めた。抑えようのない声がはしたなく漏れてしまう。空はぎゅっと累のシャツを握りしめながら、とうとう累の口内で達してしまった。
「あ、でるっ……あ、っ……ハァっ……ぁ、んんっ……!」
震えるほどの快感に脳が痺れて、身体中が熱くなる。びく、びくっ……と腰を震わせていると、累はゆっくりと顎を引き、空の性器から唇を離した。
「ぁあ……ハァっ……るい、ごめん……っ」
「ん……」
射精後の脱力感と罪悪感とで、空はなんだか泣きたいような気持ちである。だが累は苦しそうな顔一つせず、空の精液を全て飲み干してしまった。唇の端から微かに漏れた白濁を舌で舐め取り、ゆっくりと目線を上げ、空を見つめた。
その眼差しの妖艶さに、ぞくりとした。同い年であるはずなのに、累がずっとずっと大人の男に見え、なぜだかさらに興奮が高まってしまう。
「累……」
「空、僕のフェラでイってくれた。嬉しいな」
「フェッ…………。る、累ってそういうこと、言えちゃうんだ……」
「え?」
「い、いや……なんでもない」
――この顔でフェラとか言う……。
その意外性もエッチだな……と思いつつ、空は慌てていそいそとズボンを引き上げ、乱れた着衣を直した。急に恥ずかしさがこみ上げてきて、さらに顔が熱くなってしまう。だが累はにこにこと幸せそうな笑みを浮かべて、ぎゅっと空を抱きしめた。
「わっ」
「好きだよ、そら」
「っ……う、うん……うん」
「ふふ……かわいい。好き、好きだよ」
「もう……」
すりすり、と額に頬擦りをされていると、あんなことをされた後だと言うのに、甘えられているような気分になる。
累はこうしてオープンに好意を伝えてくれるけれど、空はまだ何だか照れ臭くて、その言葉を口にできないのだ。それをなんとなく申し訳なく思うのだが……。
「いいよ、無理して言わなくても」
「へっ? な、何が!?」
心を読んだかのように、累が優しい口調でそう言った。仰天した空が目をまん丸にしていると、累は空の両肩に手を置いて、こう言った。
「分かるよ。そんな申し訳なさそうな顔、しなくてもいいのに」
「……うう、けど」
「空の気持ち、顔を見てたらなんとなく分かる。伝わってくる、っていうのかな」
「ほ、ほんとに?」
「うん。空は表情豊かだから、分かりやすい」
「分かりやすい……」
要は単純、という意味なのだろうか? と思い小首を傾げるも、累は笑って首を振る。そして「良い意味でだよ」と付け加えた。どこまで心を読むつもりだ……。
「まぁいいや。ところで累は……平気なの? その……あのー……」
「え? ああ、うん、今はね。あとでシャワー浴びながら、思い出しちゃうかもだけど」
「そ……そう」
「我慢できないって言ったら、空も何かしてくれた?」
「へっ!?」
いたずらっぽく問いかけてくる累に、空の頬がまたいっそう赤くなる。累の興奮を放っておくのは申し訳ないけれど、だが確かに、今何かしろと言われても無理な気がする。口で……とか、そんなの無理だ。恥ずかしいというかなんというか……空にはあまりにもハードルが高すぎる。
「えっ……ええと、う、うーん」
「ふふ、いいんだよ。僕は満足してるよ?」
「……そ、そう」
「空のエッチな声も聞けたし、エッチな顔もいっぱい見られたし。かわいかったなあ」
「うわぁぁあ〜〜〜もう!! そういうこと言うなよバカ累!!」
「ははっ」
と、その日は比較的爽やかに別れたのだが――
その晩からが大変だ。
気持ち良すぎるフェラチオを思い出してはムラムラするし、累の顔を思い出してはムラムラする。空はこれまで、さほど性欲を感じることもなく、自慰をすることも稀だった。だが、その日の夜は止まらなくて、何度も何度も自分を慰めた。
そして朝。
爽やかに迎えにくる累を見ればいやらしいディープキスを思い出すし、学校で品行方正に王子様をやっている累を見てはうっとりしてしまう始末で……。
――うう〜……俺、どうしちゃったんだろう。ていうか、むしろこれが普通なのかなぁ?
ちなみに今、累は職員室で試験を受けているところだ。日本の高校においての現在の学力をチェックされているらしい。
ちなみに累は漢字があまり読めないので、現代国語や古文漢文の時間は、しばしば空が助け舟を出している。理系はバリバリできるくせに、『ねぇこれ、なんて読むの?』と、申し訳なさそうに教科書を寄せてくる累もまた可愛くて……とにかく、困っているのだ。
「次! 早瀬! 三隅、コート入って!!」
「あっ……あ、は、はい!!」
突然、二年生の新部長・四宮に名前を呼ばれ、空は思い切りびっくりしながら返事をした。
四宮は厳しくチームをまとめるタイプのリーダーで、プレイも上手い。三年生は夏の大会で引退しているため、つい最近部長になったばかりだ。その責任感もあってか、これまで以上にピリッとした空気を醸してるため、後輩としてはあまり睨まれたくない相手である。
肩で息をしているチームメイトからビブスを受け取り身につけながら、空はバシバシと自分の頬を叩いて気を引き締める。
――いかんいかん。シャキッとしないと! 部活中にまでぼーっとするなんてダメだ!
身体を動かしている間は、もんもんといやらしいことを考えなくても済むのだが、いかんせん今日は調子が悪い。ここのところ遅くまで自慰に耽ってしまっているせいで、本当に寝不足なのだ。そんな自分が恥ずかしくてたまらなかった。
「あっ!」
身体が重く、足が出にくい。ボールは見えているのにあと一歩足が届かず、ボールを取り逃してしまった。「すみません!」と言いながらボールを追いかけ、何とかコート外に出てしまうのは阻止したが、「何やってんだ早瀬! キレがないよ!」と四宮に怒られてしまった。
その後も、チャンスボールが回ってきたというのにシュートをミスったり、敵チームにパスを回したりと散々だ。同じチームとしてプレイしている四宮の眉毛がピクピクし始めた頃、とうとう空はやらかしてしまった。
「あ、あぶねぇ空!!」
「へ?」
海斗の声が聞こえた瞬間、目の前にボールが迫った。
反射的に顔面を庇ってボールを弾くが、指に鋭い痛みを感じて……。
「っ……!! いっ……」
思わず膝をついた空のもとに、すぐそばにいた海斗が駆け寄ってきた。いつしか出来上がった人垣を割って、部長の四宮も空のそばへ近づき膝をつくと、慎重な眼差しで空の右手をそっと持ち上げた。
「見せて。……右手の薬指と小指、突き指かな。折れてないと良いんだけど」
「大丈夫です、折れてはなさそうな感じで……」
「マネージャー!! すぐアイシングして、保健室付き添ってやれ!」
「はい!!」
険しい声でマネージャーを呼ぶ四宮部長の横顔や、心配そうに周りを取り囲むチームメイトたちの視線に、いたたまれない気持ちになる。だって自分は、累とのあれこれを思い出して、ぼうっとしていただけなのだから……。
――うう……なんてこった。死ぬほど恥ずかしいし、申し訳ないし……うう……。
てきぱきと応急処置を施していた二年生の女子マネージャーが、腫れはじめた空の指を見て眉を寄せている。自分が思っている以上に大怪我なのだろうか。
「このまま病院行ったほうがいいかもね。三隅、早瀬の荷物まとめといて」
「わっかりました!」
「早瀬くん、立って。私が付き添うから、病院行って診てもらおう」
「は、はい……」
頼もしい先輩女子マネージャーに上腕を支えられながら立ち上がる。空は四宮とチームメイトに一礼して、重たい足取りでコートを出た。
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