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翌日、李遠は久々に学び舎へと足を向けていた。澄に関しては目を覚ましてからすぐに仕事に戻ろうとしたところを、体調がまだ芳しくないようだったので無理矢理自室へと残してきている。本当に大人しく寝てくれるかどうかはともかく、休むという行為だけでも疲労は軽減されるであろう。 「わぁっジュリ先輩!?おはようございます!」 「ジュリ~久々じゃねぇか!」 「今までどこ行ってたんだよ?」 登校してきた李遠に方々から声がかけられる。李遠はその凡庸な容姿とは裏腹に、この学園ではそこそこの人気者として名が知られているからだ。ジュリアーニという名字は長くて堅苦しいので、周りからは「ジュリ」と略称で呼ばれている。 そんな李遠がまず向かうのは教室ではなく保健室だ。引き戸の前に設置された机の上には、何かのリストらしき用紙が置かれている。それを手に取り、李遠はようやく教室へと赴いた。そこでもまたクラスメイトから声をかけられるのに応えつつ、席についた李遠は先ほどのリストに目を通す。 「わぁ…これはまた大量だなぁ…」 このリストこそが、李遠が人気者たる所以に繋がる物であった。保健委員長を務めている李遠は、 そのよしみでたまに保健室の留守を任されることがあった。その時に来室してくる生徒の悩みや相談に応じていたら、その対応が評判となり次から次へと相談者が増えていったのだ。そのことがきっかけで養護教諭から頼まれた李遠は、保健室の隣に相談室を設け、生徒のカウンセリングのようなものをおこなうようになっていた。 手にした相談室の予約リストは、一ヶ月近く学園にいなかったためにびっしりと予約が埋まっていた。李遠が学園を留守にしていたことはすぐに知れ渡っていただろうにそれでもこれだけの予約が入っているということは、生徒たちは余程の鬱憤を溜め込んでいたということにもなる。 「予感が的中しなきゃいいけど」 予約リストを懐にしまった李遠は、相談室が開かれる放課後を思って苦笑を浮かべた。 ──「もうっ本当に頭にくるんですよアイツ!」 時は流れて放課後。予約リストの一番手の生徒を連れだって相談室までやってきた李遠は、早々にして生徒からありったけの鬱憤を吐き出されていた。目の前に座る小柄な生徒は、その愛らしい顔を真っ赤にさせながら顔をしかめている。 「えぇと、僕は最近まで学園にいなかったからよく分からないんだけど…アイツというのは?」 「転校生ですよっ転校生!あのモジャモジャ頭っ…ぼくたちが尊敬する副会長様にベタベタと~!!」 「お、落ち着いて…ほら、お茶でも飲むかい?緑茶に紅茶と何でもござれ」 「あっ、す、すみません…!じゃあ、紅茶で…」 差し出した紅茶を一口含んで、ほぅ、と息を吐いた生徒は幾分か気持ちが落ち着いたようだ。すっかりしょげてしまい、申し訳なさそうにこちらをうかがってくる。 「本当にすみません、つい気が昂っちゃって…ジュリ先輩は何も悪くないのに」 「いや、いいんだよ。こうして君たちの感情を受け止めてあげることで、みんなの気持ちが落ち着くなら」 「ジュリ先輩…」 「今度は落ち着いて話せるかな?」 「はい、あの…」 そうして生徒から聞いた話は、副会長親衛隊である彼の立場によって副会長に対する主観は含まれていたものの、澄から昨夜聞いた話とほぼ相違ないものであった。加えて聞くところによると件の転校生、器物損壊や軽い傷害のようなものまでおこなっているらしい。その対応と防止に風紀委員会がえらく苦労しているとの情報を得て、李遠は頭の痛くなる思いがした。 「転校生くんっていうのは、その、随分と暴れん坊なんだね…」 「暴れん坊なんて生やさしい表現じゃ済みませんよ!あれは歩く凶器です!むしろ公害ですっ!!」 「こ、公害…」 「ジュリ先輩も相談室の予約リスト見たでしょう。あれ、絶対にみんな転校生に関する相談ですよ!覚悟しておいたほうがいいです、とにかく酷いんですから!」 その日は、しばらく話を聞いたのちに親衛隊である彼のカウンセリングは終了した。そしてこの時の生徒の預言めいた発言は見事に的中することとなる。というのも、明くる日からも李遠は今までのように相談室を開いていたのだが、全員が口を揃えて転校生のことしか話さないのである。 授業の邪魔をされた、食堂でぶつかってきたのに謝られなかった、備品を壊されたなどと悪い話しか出てこないうえに、挙げ句の果てには友人が理不尽に殴られて部屋で療養してるという相談者が来たときには、さすがの李遠も目眩がした。と同時に、何とかして彼らの痛みを和らげねばという強い意志が芽生えた李遠はカウンセリングに尽力していった。

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