50 / 359
【第7話】カラフル(4)
幾ヶ瀬は近所にある飲食店勤務である。
「ランチも充実 洋食レストラン」といった紹介文が合うだろうか。
その雇われシェフである彼の、今日は出張の日なのだ。
系列店の新規立ち上げに有名シェフが関わるそうで、視察兼手伝いを命じられたらしい。
「お昼はお弁当作ったから食べて。夕食はお鍋にシチューあるから。パンの場所は分かるよね。ああ、冷たいお茶は冷蔵庫にポットが入ってるよ。温かいの飲みたかったらお茶っ葉の位置、覚えてるよね。スプーン山盛り1杯を急須に入れてお湯を注ぐんだよ。エアコンで冷やし過ぎないようにね。お腹痛くなっちゃうからね。あと、誰か来ても玄関開けちゃ駄目だよ。変な人だったらいけないから居留守使って。それから、昨日言ったこと忘れないでよ。あ、使った食器は流しに置いといて。ガスの元栓に気を付けて……」
連絡事項・注意事項のマシンガン。
うっぜぇわ!
有夏が叫んで幾ヶ瀬の背を押す。
幼稚園児じゃないんだぞと。
玄関から押し出そうとする動きに慌てる幾ヶ瀬。
「待って待って。心配! やっぱり明日まで有夏を1人なんてできな……強盗に押し入られて……有夏かわいいから服を破かれて……強引に……」
「ハイハイ、朝から元気だな! ハイハイ、幾ヶ瀬がいなくてさみしいなっと。ハイ、お元気で! いってらっさい!」
「有夏ぁ……」
最後に1回だけと顔を寄せる男に唇を許し、有夏は今度こそ幾ヶ瀬の背を叩いた。
浮気しないで待っててねと尚も名残惜しそうな様子を見せながら、幾ヶ瀬はのろのろと玄関から出て、時折振り返りながら廊下を曲がって階段へ消えていく。
この早朝に珍しいことだが見送りに起きたのは、有夏にも多少の寂しさがあったからだろうか。
ともだちにシェアしよう!