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【第10話】夏のなごり(5)

「な、何?」  意味深な沈黙ののち、有夏は呟いた。 「知ってる? ここのフロ場ってさ……」 「えっ、ここのお風呂場がなに……?」 「実は……」 「あーーー! いやぁぁぁぁ!! やぁーめぇーてぇぇー!!!」  絶叫に有夏、ニヤリと笑う。 「頭洗ってるとき、背後で……」 「あぎゃーーー! うぎゃーーー!!」  有夏が爆笑し、ようやく幾ヶ瀬は我に返ったようだ。 「ひ、ひどい……。有夏、嘘だよね? やめてよ、本当に。怒るよ?」  有夏は目をこすった。  笑いすぎて涙が出たらしい。  大騒ぎしているうちにビデオは終わり、自動で巻き戻しを始めた。 「本当に怖かったけど、有夏がうるさくしてくれたおかげで、気分も紛れたよ」 「うるさくしたのは幾ヶ瀬だけなんだけどな。第一、怖い気分を味わいたいがために、わざわざ金払って借りてきたんだろうが」  小さく呟いて有夏は微笑む。  やわらかな笑みは、整った容貌とあいまって誰もが見とれるものだったろう。 「え? 何なの、有夏……」  だが、幾ヶ瀬は知っている。  この笑顔を見せる時、有夏はロクでもないことを考えているのだと。 「フロ、入れよ?」 「えっ、いや、その……」 「フロ、入れよ!」  完璧な笑顔に、幾ヶ瀬の表情が引きつる。      ※

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