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【第11話】そうだったのか、胡桃沢家(1)

 すでに24時を回っている。  トボトボ…という足取りで、長身メガネがプラザ中崎の廊下を歩いていた。  金曜ということもあり、幾ヶ瀬が勤めるレストランは目の回るような忙しさだったようだ。  加えて交代で回ってくる閉店作業の当番にも当たっていて、帰宅がこんな時間になってしまった。  キーホルダーと触れて音を立ててはいけないとの配慮から、カバンから鍵を出すのも慎重に。  静かにキーを差し込んで、ゆっくりと回す。 「ただいま……」  時間が時間なので、室内に入ってからも一応気を遣って小声である。 「幾ヶ瀬ぇ!」  引きこもりの生活パターンとして典型的な夜型である有夏に、その気遣いは無用だったようだが。  幾ヶ瀬の姿を認めると、彼は玄関に駆けてきた。  靴箱の引き出しに鍵をしまおうとしていた幾ヶ瀬は、その場に棒立ちになる。 「幾ヶ瀬、遅い!」  全体重をかけるような勢いで、有夏が飛びついてきたのだ。  背中にギュッと腕を回し、顔を幾ヶ瀬の首筋に埋める。  何度も名を呼ぶその声は、少し震えているようで。 「あ、有夏……ごめんね。遅くなって」  面食らった表情が、すぐに緩む。  同じくらい強く抱きしめて、幾ヶ瀬は恋人の耳元に何か囁きかけようとした。  寂しかったとか、好きだよとか。そんな他愛もないことを。

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