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【第19話】つぎのあさ(9)
「や、ごめ……」
吸い付くようなその肌に一度触れれば、出勤時間も何もかもふっ飛んでしまうのは分かりきっている。
ゴニョゴニョと口の中で呟きながら、幾ヶ瀬は立ち上がった。
「お、俺のプリンも食べてていいから。昼になったら一旦戻ってくるし。待ってて! 俺、行くね。バイバイ、アデュー」
上着をつかむと玄関へ走る。
「アデューって…………」
取り残される形となった有夏がふくれっ面で「いってらっさい」と手を振った。
扉を閉めながら、その隙間から手を振り返して幾ヶ瀬は片手で拝むポーズをした。
ごめんねのジェスチャーだろう。
「せっかく料理人に転職できたんだし。スプリングシーズンだってもうすぐ終わるし。俺、頑張るよ。有夏、愛してる! いってきます」
「あぁ!?」
有夏の目元と耳たぶに朱が差す。
それを残像として瞼に焼き付けたのだろう。
頬をゆるめると、幾ヶ瀬はアパートの階段を駆け下りた。
「つぎのあさ」完
「今日はイタズラをする日」につづく
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