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【第37話】春の嵐(6)

 幾ヶ瀬の肩に額を押し付けて、そればかりか上体に体重をずっしり預けてきた。  見た目ほど落ち込んでいる訳じゃないと思う──そうは思うが。 「あり……」  息を吸うと、甘い匂いが鼻孔をくすぐる。  幾ヶ瀬も有夏の髪に顔をうずめた。  息を深く。吸って、吐く。 「ありか、いいにおい……」  ああ、そうか。コイツはさっきまでお菓子を食ってたな。  ラムネを大量に食べてたな。  うん、これラムネの匂いだ。  あと、ひきこもりで外に出ないから汗をかかなくて、だから良い匂いなだけなんだ、うん。  「うんうん」と、噛みしめるように幾ヶ瀬は頷いた。  うん、からくりは分かった。  分かったところで、しかし、この状態はどうしようもない。  掃除、という単語が頭の中から急速に霞んでいく。  ほんの少し、手を伸ばした。  膝の上に乗っている有夏の腰に触れる。

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