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第3話 ちょっと触ってみてくんない?

 悠司の邪魔にならないように。でも、悠司から求めてくることならなんでも応えてやれるように。佑はそればかりを願って悠司を見ていた。親と喧嘩して気まずいなら自分の部屋に泊まらせてやったし、今みたいに勉強を教えてくれと言われれば自分のテスト勉強よりも優先した。その力関係は初対面の時から変わっていない。悠司が初体験がうまく行かなかった話を聞いてほしいと言うなら、聞くしかないのだ。  そりゃあ本音を言えば、ユウのそんな話、聞きたくなんかないけれど。  佑がそう思っていると、再び悠司がベッドの上で転がって仰向けに戻り、枕をぎゅっと抱えてそこに顔を埋めたのが見えた。「もうさあ、俺、恋愛とか無理かも」くぐもった声で言う。 「え?」 「今まで誰かを本気で好きになったことない気がする。別れた彼女は結構好きだったつもりだけど、結局振られても平気なんだよね。逆にホッとしたぐらい。もう無理に合わせなくてもいいんだって」 「そうなの?」 「うん」悠司は顔を上げ、佑を見た。「俺、女と一緒にいるより男と遊んでるほうが楽しいし、学校の友達より佑とこうしてるのが一番楽しい」  佑は一瞬言葉に詰まった。佑とこうしているのが一番楽しい。そんな不意打ちの言葉につい喜んでしまうが、それをすぐに打ち消した。ユウの言っているそれは恋愛感情じゃない。僕が特別な存在とか、そんなんじゃないんだから。幼馴染で、気を遣わなくて楽な相手というだけなんだから。……そんな言葉ばかりを自分に言い聞かせた。 「これから見つかるよ、きっと。ユウの本当に好きな人」 「そうかな」 「ああ」 「佑は? 佑は好きな人っている?」  佑は戸惑いつつも頷いた。「いるよ」 「誰? 俺の知ってる人?」 「秘密」 「なんでだよ。俺、佑になんでも話してるのに」 「話してないこともあるだろ」 「ないよ、たった今だって、初エッチの失敗談までしただろ」 「でも、僕が聞くまで、あの子とつきあってるって言わなかった」 「それはただ言うタイミングがなかっただけで」 「じゃあ、聞いたらなんでも言う?」 「うん」 「彼女、おっぱいでかかった?」 「はあ?」悠司はベッドから滑り落ちるようにして床にまで下りた。佑の顔を下から覗き込む。「なに、佑、おっぱい星人?」 「違うけど。おまえがどういうところ重視してんのかなって思ってさ。顔とか、胸とか、お尻とか」 「佑、むっつりスケベだったんだな。やらしいことなんか考えてませーんって顔してるくせに」悠司は笑った。 「だから、僕のことじゃないよ。ユウの話。なんでも答えるんだろ?」 「じゃあ佑も答えてよ。佑はどういうところ重視なの」 「僕は……見た目じゃないな。明るい子がいい」 「またそんな優等生発言しちゃって。でも、そう言うなら俺だって性格重視だよ。俺は、俺のことが好きな子が好き」 「なんだよそれ」 「俺のこと、うーんと甘やかしてくれる子がいい。俺がこうしてって言ったらなんでもやってくれる子」  佑は黙り込んだ。  胸のサイズを聞いたのは、諦めたかったからだ。男の自分だって悠司の心に入り込めるかもしれないなんて、一ミリの期待もしたくなかった。打ちのめされたかった。なのに、悠司が挙げてきた理想像は、まるで自分そのもののようだった。……ユウを甘やかし、ユウが望むことならなんでもやってやりたい。それでユウの恋愛対象になれるというなら、とっくに条件をクリアしているはずだけれど。 「そんな都合いい女の子なんかいるもんか」佑は本心が溢れ出さないようにと懸命にこらえて、「女の子」を強調した。 「だよね」  あっさりと返してきたその一言にこそ、佑は落胆した。やっぱり自分は「対象」になんかなりえない。  佑が無言でいると、悠司が突然言い出した。「だってさ、女の子にいきなりこんなこと頼めないだろ」悠司は自分のズボンのベルトをゆるめはじめた。 「な、何やってんだ」 「ちょっと触ってみてくんない?」ファスナーを下ろし、悠司は自分の性器を露出させた。 「ああ?」佑はのけぞった。「ふざけんなよ」 「女の中に入れてもさ、悪くはないけどいまいちだった。自分でするほうがまだマシで」 「だからって、なんなんだよ」 「実験」 「実験?」 「自分の手が最強なのか。他人の手でしてもらったほうが気持ちいいのか」 「何言ってんだ」 「佑だって一人でしてるだろ?」 「そ、そりゃ、まあ」 「俺も佑の触ってあげるからさ、試してみたくない? 他人の手」  甘えた目は、悠司がまだ幼かった頃を思い出させた。半分ずつよ、仲良く分けてね。母親にそう言われて出されたおやつ。大事にちまちまと食べる佑と、口いっぱいに頬張る悠司。当然悠司が先に食べ尽くしてしまう。やがて悠司は自分の前の空の皿と佑を交互に見て、最後には物欲しげな目で佑に「ちょっとちょうだい。だめ?」と小首をかしげてみせた。それを断ったことは、記憶の限りでは一度もない。

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