4 / 12

第4話 今日だけだからな

 佑はおずおずと手を伸ばした。風呂だって何度も一緒に入った仲だ、悠司の全裸など見慣れている。性器だって見た。でも、小さい頃のことだ。今、目の前にある「これ」とは違う。 「硬くなってる」と佑は呟いた。 「た、たすくが……変な触り方、するから……」悠司は息を荒くして、しゃべりづらそうだ。 「変な触り方?」 「観察されてるみてえ」悠司は眉根を寄せた。確かに佑は、少しずつ位置をずらしては丁寧に刺激して、更には悠司のどんなかすかな反応も見逃すまいとするかのように、その表情を凝視していた。悠司も佑の股間に手を伸ばす。「な、佑も。俺がやってやる」 「え、僕はいいよ」 「俺だけこんなの、恥ずかしいだろ。いいから脱げって」 「それはおまえが勝手に」言いかけたところで言葉が出なくなる。悠司が佑のそれを握り、動かしはじめたからだ。「んっ」反射的に声が出て、慌てて空いていたほうの手で自分の口を塞いだ。 「佑って可愛い声、出すんだな?」悠司はにやりと笑った。 「うるさい、黙ってやれよ」いつの間にか、この行為自体を拒否する気は失せていた。  二人でそこを触りあって、ほとんど同時に射精した。悠司が疲れ切ったように佑にもたれかかってきた。その肩を抱き寄せたい衝動に駆られたが、そんなことをしたらそこで止められる自信がなく、佑はただ悠司に肩を貸すだけの形をとった。 「やべえ。マジでこれ、女相手よりいい」  悠司のそんな言葉にも、期待するなと歯止めをかける佑だった。 「今日だけだからな。もう、こんなことしないからな」 「なんで? 佑だって気持ちよかったろ」 「ユウ、おまえ、受験生なんだぞ。こんなことやってる場合じゃない」 「たまには抜いたほうが効率いい」  佑は悠司の体を押しのけた。「いいかげんにしろって」 「でも、佑の手のほうが」 「うるさい。もうやらないって言ってるだろ」  佑にしては珍しく、語気荒く言ったせいか、悠司は黙った。 「今日はもう帰りなよ」佑は言った。 「そんなに怒らなくても」 「怒ってない。でも、勉強なんかする雰囲気じゃないだろ」  悠司はゆっくりと立ち上がる。「分かったよ」それから持参した勉強道具をかき集めてバッグにしまうと、佑の部屋のドアを開けた。いつもならそのままふらりと出ていくだけで、佑もいちいち見送ることもしない。だが、この日は違った。悠司は佑を振り返り、言いにくそうに言った。「今日は帰るけど……。また来てもいい?」  佑は、急に幼い時の愛らしさをまとったような表情の悠司を見て、思わず微笑した。「いいよ。いいに決まってる」 「良かった」そう答えた悠司だが、まだ表情は硬い。  それから五分もしないうちに、向かいの家の二階の窓が開き、帰宅した悠司が顔を出す。佑が手を振ると、ようやく悠司も安堵の微笑みを浮かべ、手を振り返してきた。  開かれた窓。カーテンの目隠しもない。連れ込んでいる彼女もいない。笑顔で手を振る悠司。  これで充分じゃないか。佑は自分に語りかけた。……ユウが笑ってる。僕を見てる。それだけで僕は満足しなくちゃ。  翌日も、その翌日も、悠司は佑の部屋を訪れた。でも、悠司が佑にそういった「遊び」を持ちかけることはなかった。相変わらず勉強に飽きてはゲームをしだすことはあったものの、少しずつ集中できる時間は増え、成績も順調に上がり、ついには第一志望の高校に合格した。すなわち、佑の高校に。 「特進クラスはだめだったけどね」と悠司は笑った。悠司の家で、両家合同の合格祝賀会が行われた席でのことだ。祝賀会といっても、悠司と佑、そしてそれぞれの母親の四人で集まり、出前の寿司を食べるだけのことだったが。 「半年やそこら勉強しただけで合格されたら、僕の立つ瀬がないよ」と佑が言った。 「そうよ。一般クラスだってダメ元だったくせに」悠司の母親が言った。「でも、本当にありがとうねえ、佑くん。一時はこの子に行ける高校なんて存在するのかしらと心配してたぐらいなのに、佑くんと同じ高校なんて夢みたい。佑くんのおかげよ」 「悠司くんが頑張ったのよ」佑の母親が言った。この会にはどちらの父親も不参加だが、悠司の父親は仕事の都合などではない。悠司の両親は数年前に離婚してしまっているのだ。慰謝料代わりに家は母親のものとなり、悠司と二人で住み続けている。父親一人が出ていく形の離婚だった。 「美紀さんもありがとう。私があまり構ってやれなくて」美紀というのは佑の母親の名前だ。 「そんなのはお互い様。亜季ちゃんだってお仕事大変なんだから」美紀が答える。悠司の母親である亜季は、離婚後に看護師の仕事に復帰した。毎週のようにある夜勤の日は、悠司は佑の家で過ごすことも多かった。ミキとアキで姉妹のようだとお互い思っており、互いの一人息子もまた兄弟のように親しくしていることを誰よりも喜んでいるのは、この母親達だった。

ともだちにシェアしよう!