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第5話 追いかけるのはいっつも僕のほうだ

「亜季ちゃんって」と悠司が眉をひそめた。「その呼び方、どうにかならない?」 「亜季ちゃんは亜季ちゃんよ。私の妹みたいなものだもの」と美紀は笑った。「佑だって、悠司くんのこと弟みたいに思ってるでしょ?」  突然自分に振られて戸惑う佑だった。「あ、ああ、うん」弟ができたみたいだ。初めて会った時は確かにそう思った。学校にも一緒に登校して、何かと面倒を見てやった。悠司を「ユウ」と呼んでいるのは自分だけで、そんな馴れ馴れしさが許される関係であることが嬉しかった。けれど、当の悠司から兄扱いをされた覚えはない。引っ越してきた時から悠司は佑を呼び捨てにして、わがままを言っては振り回して、兄どころか、むしろ格下のような扱いだ。 「佑をお兄ちゃんだなんて思ったことないけどね」佑の心を見透かすように悠司が言った。 「何言ってるのよ、こんなに面倒見てもらってるのに」亜季が慌ててフォローする。それは佑に対してと言うよりは、美紀の機嫌を損ねないためだろうと佑は思った。  それからしばらくして、悠司は自分の部屋へ行こうと佑を誘った。母親達はもう少しおしゃべりに興じていたい様子で、それを引き止める素振りもせずにハイハイと流した。  二階の悠司の部屋に入り、ドアを閉める。母親達の賑やかな声はもう聞こえない。 「良かったな」と佑は呟いた。 「え、何が」 「何がって、合格」 「ほんとにそう思ってる?」 「思ってるよ」 「いいかげん、うんざりしてるんじゃない?」 「どうしてさ」 「佑のあとばっか追いかけてて」 「ユウが僕を追いかけたことなんかないだろ」 「は?」 「追いかけるのはいっつも僕のほうだ。ユウは目を離すとすぐどっか行っちゃうから」  悠司は笑った。「それはチビの頃の話だろ」 「今でもそうだよ。……ずっとそう」  そう言う佑の口元は笑っているが、どこか淋しそうに見える。 「佑?」  その表情の真意を知りたいと思う悠司だったが、どう聞けばいいのか迷っているうちに佑が話題を変えた。 「高校でやりたい部活とかあるの? ユウは運動神経いいから、運動部もいいよね。うち、サッカーとかバスケとか、あ、それからハンドボール、結構強いらしいよ」 「佑は帰宅部だろ?」 「ああ」 「じゃあ、俺もやんない」 「なんでだよ、もったいない」 「だって佑が」  悠司の言葉を遮るように佑が言った。「帰宅部って言っても特進は授業数が多いから、部活やってる奴と大差ないぐらい忙しいんだよ。遊んでるヒマはない」 「そうなんだ」明らかに落胆する悠司。 「ちゃんと友達作れよ、ユウは」 「俺は、って、佑は?」 「僕は初動で失敗した。結局クラスにも仲良い奴できなくてさ。でも、ユウは」  今度は悠司が佑の言葉を遮る。「俺でいいじゃん。俺がいるんだから、他に友達なんか」 「何言ってるんだよ」佑はその言葉を冗談として流そうとした。 「佑は俺の面倒だけ見てりゃいいんだ」 「勝手なこと言うな」佑は苦笑する。 「勝手なのはそっちじゃん。俺の部活まで勝手に決めて」悠司はぷうと膨れる。  その顔がおかしくて、佑は笑いをこらえながら言った。「決めてないだろ、こういうのもあるよって紹介しただけ。あとは自分で決めればいい」  悠司が佑をじっと見つめた。「もしそれで俺が活躍したら、褒めてくれる?」 「褒めてほしいの?」佑はついに笑い出してしまった。 「笑うなよ、だってさ、佑、全然褒めてくれないじゃん。俺、かなーり頑張ったよ、受験勉強。この一年、遅刻も喧嘩もしなかったし」  佑は笑うのをやめた。子犬のような目で佑を見つめる悠司の真剣さに気付いたからだ。「そうだよな。頑張ったよな。あんな底辺の成績だったのに」 「ちょ、それ、褒めてない」悠司が笑い出す番だった。つられて佑もまた笑った。「なあ、さっき言った中で、どの部が一番可能性あると思う?」 「可能性?」 「勝てるとかレギュラーになれるとか」 「ああ……。どこも厳しいみたいだけど、ハンドは高校から始める奴も多いから、サッカーやバスケよりは確率高いんじゃないかな」 「じゃハンドにする」 「そんなんで決めていいの?」 「うん」悠司ははにかんだように笑う。「佑が言うことに間違いはないから」  佑はそんな悠司の無防備な信頼を疑ってはいなかった。疑っていないからこそ、苦しく思えた。これが自分の気を引くための追従だったらどんなにいいだろうと思った。  四月になり、悠司は高校に入学し、佑は二年生に進級した。悠司は約束通りにハンドボール部に入り、そして佑の言葉通り、同じ高校にいながらもお互い忙しく、顔を合わせる機会もほとんどないまま時が過ぎた。

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