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第7話 それがあいつの幸せなら、良かったじゃないか
卒業式以来会っていない。避けているのは自分のほうだ。同窓会やそれに準じた飲み会の誘いは何度かあったし、お互いの家だって知っている。会いたければいつでも会える距離にいた。でも、会ってしまえば波打つ心を鎮められないと思った。時が解決する、そう信じていたけれど、去年それを覆す決定打がもたらされた。
結婚か。しかも相手は亜衣 だなんてな。
亜衣はかつて二人が属していたサッカー部のマネージャーだった。当時からずっと交際していて、ついにゴールイン。そんなストーリーならまだマシだと零は思った。だが、そうではなかった。亜衣とは一昨年の同窓会で再会して、それをきっかけにしてつきあいだしたのだと聞いた。零が避けていた同窓会。
俺がその時の同窓会の場に顔を出していたところで、運命はなーんにも変わんなかっただろうけどさ。俺はどうせ、あいつに打ち明けることすらできなかった。目の前で亜衣にかっさらわれていくのを呆然と見るしかできなかったに違いないんだから。
その二人が結婚すると聞いて、零は思ったのだ。いっそ結婚式に参列すれば諦めがつくかもしれないと。だが、更なる知らせを共通の友人伝いに聞いた。亜衣が妊娠しての授かり婚で、結婚式はしないのだと。
今年、赤ん坊と三人の写真の載った年賀状を受け取った。住所も同じ市内ながら変わっていた。そこに記されたマンションの一室が、彼と彼の妻とこどもの新居というわけだ。その年賀状を破り捨てそうになりながら、すんでのところで思いとどまったのは、未練か、意地か。
打ちひしがれ、投げやりな気持ちでまた出会い系サイトに頼った。だから今年は正月早々随分と乱れた生活を送った。仕事は仕事で忙しく、削れるものは睡眠時間しかなくて、ほぼ寝ずに誰かを引っ掛けては夜を過ごしていたら、ついに体を壊して数日入院した。それ以降昨日まで、今度は打って変わって禁欲的な生活を送った。性的なものに限らずあらゆる欲求というものがなくなっていたのだ。何もやる気が起きず、食事をしても砂を噛むようだった。
そんな無感情な日々が二ヶ月ほど続いていた。そして、昨日。営業の外回り中、街なかに卒業したばかりの若い男女が何人もいるのを見て、突然感傷的な気持ちになったのだった。久しぶりの「感情」だった。しかも「あいつはどうしているのだろう」と思い出したくもないことまで考えた。そのことに気付いた途端に涙が出た。駅前の大通りは道行く人で賑わっていたが、幸い都会の無関心さは他人の突然の涙など大して問題にはしなかった。
嫉妬。後悔。失望。悔しさ。苛立ち。悲しみ。淋しさ。
突然溢れてきた涙には、そんな負の理由ばかりが詰まっていたけれど、泣き終わると不思議と満たされた気持ちになった。
それがあいつの幸せなら、良かったじゃないか。俺には絶対与えてやれなかった幸せなんだから。
俺はまだ、あいつの幸せを祈ってやれてる。大丈夫だ。
零はそう自分に言い聞かせ、社に戻った。そして、その帰り、久々に出会い系サイトにアクセスしたのだ。その中に一人、気になるプロフィールを見つけた。ニックネームは「ユウ」。零が高校時代から今日の昼まで想いを引きずり続けてきた相手の名前は、有 といった。
零は「ユウ」にメッセージを送った。自分がこのサイトで名乗っているのは「アイ」だ。有に愛されたかったからって、その妻の名前を名乗るなんて我ながら悪趣味だと思ったが、それはそれで都合の良い時もあった。自暴自棄の乱れた夜を過ごしていた頃、零はしばしば相手にサディスティックなプレイを求めた。「アイ」の名前で呼ばれながら強く打たれると、ある種のカタルシスを得られたのだ。有を幸せにできたのは亜衣なのだから、亜衣を憎んではいけないのだと思いつつ、どうしても押さえきれない嫉妬を、そんな行為で紛らわせていた。
そうして翌日の夕方にユウと落ち合う約束をして、待ち合わせ場所に行ってみると、そこには何とも所在無げに立っている若い男がいた。目印と言っていたのは赤いキャップ。それにパーカーにジーンズ、某スポーツブランドのスニーカーを履いている。そんな、どこにでもいる普通の男の子。零のユウに対する第一印象はそれだった。零の恋した「有」もそんな、どこにでもいる普通の男の子だった。
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