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一心不乱に足を動かして把握し尽くした我が家を駆け巡り、何枚目か分からない扉の向こうへと逃げ込んだ。と同時に、とうとう身体が限界を迎えてその場に蹲ってしまう。
あつい、あついあついあつい…!
「たす、助けて…!」
己の肩を抱き、今までのどの発情期よりも強烈な劣情に慄く。
「大丈夫か…!?」
誰もいないはずなのになんで返事なんか返ってくるんだろうという疑問よりも、逞しい腕の中に囚われた安心感のほうが大きかった。
「ぁ…だ、めぇ…もう、もうほしい…!お前の、お前の種を私の中に…!」
顔を見ずとも、本能が抱きしめてくれた相手が誰かを知っていた。
このまま身を委ねてしまえば、番に発情してしまった子宮は間違いなくその中に子を宿すだろう。
「…あ~~、くそ!!なんつういい匂い出しやがる…っ!」
不意に降ってきた、噛み付くような熱い接吻に夢中になる。
水音が耳を打つのさえ気持ちが良くて、息継ぎの間すら惜しんで互いの舌を貪った。
「はぁ…!んちゅ、あ、もっと!んんんんっ♡」
ジュルと舌の根を吸われて、背中を走る快感に背が反った。視界で揺れる燃えるような赤髪に手を伸ばし、大事なものを抱え込むように抱き込んだ。
「あ、んぅ、やだ、もう…挿れて…、なか、熱いの…っ!」
「そっちから逃げ出したくせに…、少しは落ち着け!」
ぎゅっと尻肉を無遠慮につままれて、痛みに驚いた。
「!?いったーーーーい!!!バカか貴様!」
「いでぇ!」
条件反射で蹴り飛ばしてしまってからようやく、自分が理性を失っていたことに気がついた。
「ん…?この部屋は…。」
使うことはないだろうと思っていたはずの部屋。
『まぁ運命なんてただの御伽話でしょうけど、万が一発情した際にはこのお部屋をご使用くださいね…?』
昼間に侍女のレジーに案内されたときに言われた言葉を思い出す。
運命の番同士が出会う確率はおおよそ1パーセント程度ではあるが、出会ってしまえばオメガ側に唐突に発情期が訪れてしまうため、デビュタントの際は念のためこうして部屋を用意することは、どの家でも義務付けられていることであった。
そんな、このアルファのために用意されたような部屋を無意識に選んで逃げ込んでいたことに、アスセーナは思わず歯噛みしてしまう。
(くそぉ…こいつの家、どうせ成り上がりかなんかだろう!?)
キッと相手を睨みつけてはみたが、すぐにトロンと表情が崩れてしまったことに自身で気付けたかどうか。
ずっと思い描いていた、家にとって都合の良い王子様とは程遠い家柄の男。なのに見た目は完全にアスセーナの好みだった。男らしさを感じさせる肩幅の広さに、キリッと上がった眉、その下でこちらを不安そうにみつめている瞳を縁取る睫毛は、フルフルと震えているのが分かるほどに長い。
……、まさにアルファといった男らしい外見とは裏腹に、穏やかな海のような深い青の瞳は理知的な光を灯している。この男も誘惑香に翻弄されてかなりキツイはずなのに。
もうお家がどうのなんてどうでもいいのではないか?この男と血を残すことのほうが、よほど大事なことのように思える。
――フェロモンのせいで揺らぎ始めた信念に、恐怖で身が竦んだ。それを自身が怖がられているとでもとったのか、身を引こうとするアルファに慌ててその服の裾を握りしめた。
「まって…一人にしないで…。」
なにを口走っているんだ!!これでは誘っているようではないか…!
「悪いがこれ以上は…アンタのこと襲っちまいそうで…。」
「いい…!!襲って!私のこと番にして!」
そう言った途端、抱きあげられて近くのベッドの上に転がされた。それだけで期待で震える秘孔から、トロリと蜜が溢れる。そこからは特に強烈に雄を誘う匂いが溢れてしまって、自分さえもその甘すぎる匂いにおかしくなりそうだった。いや、おかしくなってしまった。
「くそ、抑制剤飲んでんのにこれかよ…。待ってろ、とりあえずドレス脱がして楽にしてやるから。」
そう言われてから自分が苦しげに息を荒げていることに気がついたが、そんなことはすぐどうでも良くなった。
なんせ剥き出しの肩に彼の熱い手のひらが触れたのだ!
「ひ、ぃあ…!」
たったそれだけの刺激で、やっと素肌に触れてもらえた!と全細胞が喜びの声を上げる。
「これ、どうやって脱がすんだ…?」
必死に留め金を探して彷徨う手が無遠慮に脇腹や肩を撫でていくのに、欲情しきった身体では耐えられない。ひたすら甘い声で鳴きながら耐えるしかなかった。
「お、外れた…。」
腰を支えていたコルセットまで外されて自由になった瞬間、アスセーナは相手の腰に飛びついてベルトを外しにかかった。こんなに煽られたのだから仕返ししてやらないと気がすまない!
「あ、おいなにやって…!」
「あ…♡なにこのおっきいの…っ!」
普段は男物だって着るアスセーナにとって、ベルトを外してズボンを寛げることなど造作もない。
そうして現れた下履きから、飛び出さんばかりに張り出した逸物にアスセーナは思わず固唾を飲み込んだ。そこからはオメガの身体を屈服させるためのフェロモンの匂いがきつく立ち込めており、この男の興奮を如実に物語っていた。
「ぁ、だめ、この匂い…♡」
我慢ならずに下履きごと口の中に含もうとして、あまりの大きさに苦しげな声を漏らしてしまった。
「んんんーー!はい、入らないぃ…!」
仕方なく必死に舌を伸ばして亀頭部分を舐め上げたが、布が邪魔してイラつくばかりだった。
「…はぁ、落ち着けよアスセーナ様?」
これが落ち着いていられるか!
強烈な雄の匂いに堪らなくなって、自ら下履きをずりおろしてはしたなく強請った。
本能に導かれるまま、膝裏に手を差し入れて自ら恥部を晒すべく大きく開いた。糸をひくほどに濡れそぼった秘孔からは、晒されたことで更に蜜を溢れさせ、それはベッドのシーツまで濡らしてしまった。
「ここ、ここが疼いて仕方ないのぉ…!いれて、そのおっきいの挿れてぐちゃぐちゃにしてぇ…!」
「…ん、だ、だめだだめだ!今お前ん中に射精したら妊娠しちまう…!」
ブンブンと頭を振って否定されるが、何がいけないのか分からない。子供を作るのは生物としての本能だ。それをより効率よく満たすためにアルファやオメガだなんて性があるのではないか!
「なんで?なんでだめなの?ほしいよ赤ちゃん…ねぇ、お前の子、産ませて…?」
本能に飲み込まれて、自分でも何を言っているのか分からない。けれど、とにかくこの雄を逃してはならないという事だけは分かっていた。
「い、今のままじゃ、子供産むには未だ未熟すぎるんだよ。せめてあと二年…できれば四年は待たねぇと…。」
「…わかんない、わかんないよぉ…なんでだめなの?私、今日から大人だもん…子供産んでも良い歳になったもん…!」
本来ならお互い既にぐちゃぐちゃに絡み合っていて良いはずなのに、何故か上手く行かないことにオメガの本能がしびれを切らしていた。
まともな思考回路を繋げられず、運命の番が繋がりを拒否してくるという悲しい事実だけが深々と突き刺さってくる。
大きな瞳から涙が零れ落ちた瞬間が、我慢の限界だった。
「いや、いやだ…欲しい、欲しいのになんでだめなの…?分からない、わかんないよぉ…!」
番のアルファと引き離された時に起こる発作は、オメガにとっては命取りである。
運命の相手が目の前にいるのに、身体の奥が疼いて仕方ないのに、いつまでも秘所に触れてもらえない苦しみからアスセーナの身体は番のアルファと引き離されたのだと錯覚したのだった。
「……!?は、…っくぁ、…!」
「おい、おいどうした!?くそ、楽な服装にしたってのになんで落ちつかねーんだ!?」
上手く酸素を取り込めなくなった唇は無意味にハクハクと震えるだけで、化粧の上からでも分かるほどに真っ青に変色していく。その様子に驚いたフランメは、咄嗟にその小さな身体を抱き上げて外へ助けを求めるため扉を開け放った。
「誰か!誰か助けてくれ!!」
意識を失う寸前、アスセーナは愛おしい体温に包まれたことで、狂おしいほどに身のうちを焦がす想いが少しだけ救われたような気がした。
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