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第2話 仕方ないから番ってやる!

 ふと目が覚めると、ひとりぼっちでベッドの上に寝かされていた。  熱を持て余したままの身体は上手く動かすことができず、身動ぐだけしかできなかったが、不思議とさっきまでの渇望感はない。  代わりに部屋の温度と体の熱の差がありすぎるせいかとても寒く感じる…。仕方なく掛け布団代わりの薄いシーツを引き寄せてみたが、求めている暖かさとは別物だったようで落胆する結果となった。  ぽすんと布団に顔を埋めてみれば、さっきまでそこに居たのか、番の雄の匂いがフワリと香って、思わずアスセーナはそこに顔を埋めなおした。…正確にはまだうなじに噛み跡はないから、番ではないのだけど。  雄の匂いに興奮し、じわじわと濡れ始めたそこに指を充てがった。意識を失う前に見た顔や身体を思い出しながら、彼に抱かれる妄想をしてしまう。 「あ、はぁ…♡」  本能がここに指を入れれば一時の安らぎを得られるぞと囁きかけてくるが、卓上の知識だけではどうにも恐ろしくて入り口を弄るだけとなってしまった。  この小さな窄まりにあの剛直を迎え入れるのは、はたして可能なのだろうか…?と不安と同時にどうしようもない劣情が湧き上がってきて、思わず名前を呼ぼうとした…のだが。 「あ、れ…名前、なんだっけ…?」  会場では挨拶を交わす前に逃げ出してしまったことを思い出して、始めて自分が如何に冷静でなかったか気付いた。  名前すら知らない相手に尻穴まで見せつけて淫らなお願いをしていたのか、自分は…!  あまりの恥ずかしさに叫び出しそうになった。 「分かった!だから入ってこないで下さいよ!」  が、そこに求めていた声が聞こえてきて、慌てて出入り口ほうへ飛び出した。 「あ、…あ、よかった♡どっかいっちゃったのかと………この、くそ野郎!!」  とんだ情緒不安定さに自分でも呆れるが、死にかけたのが怖くて怖くて仕方なかったのだ。一発くらい殴られたって文句はないはずだ。 「おま、結構暴力的だよな!?こんな可愛いのに…っ。」  かわいい!かわいいって…褒めてる? 「…もっと言って?かわいいってもっと…♡」  殴った勢いで倒れ込んでしまった相手の膝上に座り込み、上目遣いでおねだりを口にする。 「ま、まだ理性戻ってねぇのかよ!くそ、このままじゃ手出しちまうから離れろって…っ!」  腰に乗っかったところで振りほどくのなんて簡単だろうに、その優しい性格からか乱暴には扱わないでくれるようだ。  少し頭が冷えた今では、かえってその優しさにキュンとしてしまう。 「あ、そうだ、名前教えて?」 「!?あー…俺たち、そっからなんです…ね?」  有り体に言うが、致すためだけの部屋なのでテーブルも椅子もない。正確に言えば、そういう生活に必要なものは前室として分けられているのだ。  二人は仕方なくベッドに腰掛けて、先ずはお互いの自己紹介から始めることにした。 「フランメ。俺の名前はフランメです、アスセーナお嬢様。」 「フランメ…。フラー?」  くっついていれば、お互いを誘惑するフェロモンの発生を少しだけ抑えられるらしい。  膝上に座らせてもらって、背中を預けたその男を見上げながら、その場で思い付いたあだ名で呼んでみた。見上げた顔は、元々浅黒い肌なのに更に朱に染まって、茹でたタコのようになってしまった。 「…その呼びかた、二人きりの時だけにして下さいよ?」 「えっ…うん。」  二人だけの秘密、という甘いトキメキにアスセーナまで真っ赤に茹ってしまった。  慌てて両手で頬を冷やしてみるも、その手も熱くてまるで意味がない。 「あ、あー、続けますね?  俺の父親は去年伯爵号をもらったばかりの研究者なんですが、オメガやアルファの生体についての研究をしてる人でして。俺が半端な知識を持ってたばかりに、貴方には苦しい思いをさてしまって…すみません。」  優しく髪に触れてくる手に、思わず頬を擦り寄せる。  詳しく話を聞けば、オメガの妊娠適齢期は実は18歳以上であること、念のため服用していたアルファの発情を抑制するための薬と理性とで、むりやり本能を捻じ伏せてなんとか説得を試みようとしてくれていたことが分かった。  自身の理性も抑え込みながらだったせいで混乱して対応を間違えてしまったことを詫びていたが、他の男ならとっくに孕まされていただろう、冷静になれる猶予をくれたのだと考えれば、感謝の方が優った。 「しかし抑制剤か…そんなものがあるんだな…。」 「まだ市場には出回っちゃいないので、知らないのも無理ないです。まずは販路を確保するためにお貴族様達を説得しなくちゃならなくて…。」  もともと爵位すらなかった家がいきなり新しい商売を始めるのだ。周りの貴族達がこぞってあれやこれやといちゃもんをつけては薬が市場に出回ることを阻むことくらい、政ごとに明るくないアスセーナでも簡単に予測できる。 「ふん…表沙汰にはできないことで儲けている奴らもいるから…まぁ、仕方ないな。」  アスセーナの家の爵位は侯爵だ。伯爵に比べれば遥かに発言力もあれば、商売を主軸として儲けを出しているため独自の販路も持っている。  恐らくフランメの方が婿養子として家に迎え入れられることになるのだろうが、それで販路の件は片付く。さらには、研究に必要な資金のバックアップも受けられるはず…。  玉の輿でお家に貢献するつもりが、逆玉の輿されようとしているのではないかと懸念してしまったのだが。 「…その、そろそろ辛いんだが…。」  いくらか抑えられているといえど、まだお互いにフェロモンは垂れ流しのままだ。アスセーナが何時間眠っていたのかは分からないが、フランメの抑制剤だっていつまでも効果が持続するわけでもない。  先程湧いた小さな疑念は隅に隠れてしまって、アスセーナを求める声に素直に応えてしまう。 「わたしも…。」  そう言って胸元に手を添えれば、フランメが心の底から嬉しそうに微笑むのが眩しくて、アスセーナは胸を焼かれてしまった。 「一時凌ぎですが、フェロモンが抑えられる方法もあって…今から、それを試してみようと思うんですが、……いいですか?」  言葉の途中で柔らかいベッドの上に押し倒されて、耳元で囁かれた了承の意を確認するための言葉に背があわだった。それと同時にきつくなった甘い香りに二人して酔いしれて、どちらともなく口付けた。 「ん、アスセーナの唇…柔けえ…。」  どうやら自分はこの男に褒められるのに弱いらしい。それに、使い慣れないのか頻繁に抜け落ちる敬語にも可愛らしさを覚えてしまう。  次第に口付けだけではもどかしくなってしまって、必死に手を伸ばして相手の服を掴んだ。 「…もっと、もっと名前呼んで…!」 「ふっ、かわいいな、アスセーナ。」 「ひゃ、あぁん…っ♡」  言葉だけで軽く達してしまったのに、そこに容赦なく追撃されてしまう。ビクビクと陸に打ち上げられた魚のように跳ねる背中を撫でる手。嬌声を封じ込めるように深く重ねられた唇。そのどれもが高波となってアスセーナを飲み込んだ。このままではイキながら死んでしまうのではないか…!? 「あ、あああ、んん…くる、くるひぃ!あんっ、ちゅーだめ、またイク…!」  もうこんなに気持ちいいのに、まだ身体の奥では足りない、まだ足りないと強請る声が聞こえてくるようで、アスセーナは無意識に腰を擦り付けていた。 「なか!なかでもいきたいぃ…!ね、いれて?なかもヨくしてぇ♡♡」 「その前にこれ、飲んだら妊娠しなくなるから、…ちゃんと飲み込めよ?」  そう言って口移しで含まされたのは何かの錠剤だろうか?直後に水も口移しされたので、なんの疑いもなく一緒に飲み込んだ。 「いい子…。」  ふわりと額に口付けられて、アスセーナは嬉しそうに破顔した。 「反則だぞその顔…!」

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