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第3話 努力が水の泡ですが!
目覚めたアスセーナは酷い喉の痛みに思わず顔を顰めた。
「起きたか?水、飲めそうか?」
コップを差し出されたが、全く身体を起こせそうな気がしない。ふるふると頭をふって答えると、そっと頭を下に手を差し入れられて、口移しで飲まされた。大人しく飲み込めば、幾らか喉の痛みがマシになる。
「腰…痛い、動けない…。」
絞り出した声はやはりガサガサになっていて、治らなかったらどうしてくれるとフランメを睨みつけた。のだが、散々この男にいいようにされた後では効果もないらしく、
「はい飯。」
と甲斐甲斐しく世話を焼かれるばかりであった。
食事も風呂も済んで人心地ついた頃、そういえば水やら食事やらいつのまに運び込まれたのかと疑問を口にすると、フランメはうっと言い辛そうに顔を引きつらせた。
「…まさか、前室に誰か待機させているのか!?」
重たい腰を引きずって、扉に手をかける。こんな薄い扉一枚隔てた向こうに誰かいるなんて声が丸聞こえではないか!
「あーっ!!だめ、やめろ、アスセーナ!!」
フランメの必死な呼びかけも虚しく、アスセーナはバァン!と扉を開け放ってしまう。そこにいたのは…
「あら、アスセーナったらもっと寝てなくて大丈夫なの?」
「お、お母様…。」
だけではない。父も兄ものんびりと紅茶を飲みながら何やら談笑しているし、その談笑相手の顔はどこか見覚えのある顔をしていて…。
「まさか、ご両家揃って私達が無事に番になるのを待っておられたのですか…?」
へなへなと崩れ落ちたところを咄嗟にフランメが支えてくれたが、恥ずかしすぎて顔も上げられない。フランメの胸元に顔を埋めてしまったせいで、さらりと緑の髪が流れ落ちて首筋が露わになってしまった。
「あらー!あらあら、しっかり番になってくれたみたいで安心したわ!」
アスセーナの母は穏やかな人なのだが、空気を読まないところが偶に傷な人だ。慌てて髪を引っ掴んでうなじを隠してみたが、両家の祝福ムードは晴れることなく、アスセーナは泣き出したい気分になってしまった。
「二人とも今は落ち着いてるようだね?ずっと篭りきりと良くないから、とりあえず座りなさい。」
父に言われて仕方なくアスセーナは従おうとしたが、足腰は未だ疲労から回復しきれておらず思うように動かせない。
「俺に捕まれ。」
耳元で囁かれ、素直にうなずいた。恥ずかしいからと抵抗できるほど体力も回復していない。
いわゆるお姫様抱っこで抱え上げられ、両家からおおっ!と歓声が上がるのに必死で耳を塞いで耐えたが、椅子ではなく膝に座らせられたことにもまた歓声が上がってアスセーナは怒鳴り散らしたい気分だった。
(揃いも揃ってこいつらぁーー!!)
だが、そうする元気も立場もない。悲しいかな。
父の話を要約するとこうだ。
伯爵には以前からアスセーナのために薬を融通することを条件に、こっそりと研究資金を援助していたらしい。
アスセーナは勝手に家のために自分を犠牲にすると覚悟していたが、両親としてはそれが心配でなんとか息子を大事にしてくれる人を探していたところ、なんと伯爵の一人息子…つまりフランメがアスセーナに一目惚れしていたことが発覚したのだという。
「……?ひとめぼれ?」
「うぁー、その、も、申し訳ない。アスセーナ様の、フェロモンを嗅いだときにこの人だと…その…。」
今日が初めてだと思っていたが、父について何度も屋敷に足を運んでいたフランメは既に何度もアスセーナのことを見かけていたのだと。しかし、アスセーナが本格的に発情期を迎えてからは、万が一デビュタント前にアクシデントがあると外聞が宜しくないとのことから屋敷に足を運ぶのを控えていたらしい。
「発情期前からフェロモンは分かるものなのか?」
「本格的な発情期の前に、弱い発情期が定期的にくるんです。俺はその、そのときからアスセーナ様に目をつけてしまってた、と、いうか…。」
恥ずかしそうに目を逸らしてしまったフランメに、こんな素敵な人が自分にずっと片恋していたのかと実感してしまって、アスセーナまで顔が熱くなしまった。
あらあら、と揶揄う母を遮るように、アスセーナは怒りの声を張り上げる。
「つまり!私ひとりでデビュタントだと張り切っていて、お父様たちは既に私達を結婚させるおつもりだったのですね!?」
「まぁそう怒鳴るでないよ、それに、アスセーナが本気で違う人がいいと望むなら、とも思っていたしね?…それにしても本当に君達が運命でよかったよ〜!」
といって父は再び伯爵と乾杯ーっ!と声を上げている。真っ赤に染まった顔からしてもこの2人、そうとう酒が回ってしまっている様だ。
これで堂々と表立って強力しあえると喜ぶ父二人、運命の番なんてロマンチックだわぁと喜ぶ母と兄、愚息をよろしくお願いしますと頭を下げる義母…。
……なんだ、この丸めこまれた感じは。
「もういい。変な意地を張っていた私がおかしかったんだ、そうだそういうことにしよう…いや…いや、なんだったんだ私の努力は…納得がいくか…、あーくそっ!」
「いっぱい努力してくれたの、俺は嬉しいぞ?」
耳元でそっと囁かれて、そうかこいつの為に努力してきたことになるのか!と理解してしまったアスセーナはとうとう前を向いていられなくなって、フランメの胸元にぐりぐりと顔を埋めて黙り込んでしまったのだった。
その際にまた母から黄色い歓声が飛んできたことはもう気づかなかったことにする!
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