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第一章 (2/4)

 静かに寝息を立てている男がそこにいた。青白い光に照らされた高貴な顔はこの宮殿に相応しいほど美しい。形のいい眉に、高い頬骨と精悍な顎の線。肩まで届く金色の髪は少しの乱れもなく枕に広がっている。  エルベルトがどんな姿をしているのか、想像したつもりはなかったが、こうして直接目にすると、ああ、やっぱり、と納得する自分がいる。  まるで作り物のような完璧さで、この世のものとは思えない。殺すのが勿体ないぐらいだ。  それでも刃をそっと首に当てる手が震えることはなかった。 「オメガの暗殺者とは考えたものだな」 「――ッ!」  低く、重みのある声が響き、ルカは凍り付いた。  透き通った蒼い眸と視線が絡む。  そのあまりの美しさに目を奪われた一瞬が命取りになった。  手首を掴まれ、身体が宙に浮いたかと思うと、視界が反転し、背中からベッドに落とされた。マウントを取られ利き腕と喉を押さえられたが、ルカは構わず左手首に仕込んだ薄い刃物を振り上げた。  異変に気付いたのはその時だった。  心臓が跳ね上がるような衝撃に息を奪われる。  身体が硬直し、掲げた手から武器がこぼれ落ちる。  何が起きたのか理解できないまま、痺れるほどの熱が身体中に広まった。  掴まれた右手と首が燃えるように熱い。  ――刺された……?  だが痛みはない。  全身が急速に火照り、鼓動が早鐘みたく鳴り響く。  呼吸が追いつかなくなる。  ――なんだ……これは……ッ。  手足から力が抜けていき、頭の中まで熱に侵されて思考に靄が掛かっていくようだ。  ――毒か……? いや、違う……。  見上げた男の顔にも焦燥と戸惑いが色濃く滲んでいた。 「お前、まさか……」  荒い息を吐きながらそう呟いたエルベルトの拘束がわずかに緩んだ。  ルカはなりふり構わず身体を捻じり、まだなんとか握っていた右手のナイフを突き上げた。  エルベルトは咄嗟に身を離し、ルカはベッドから飛び降りて逃げた。  なんなんだ――。  一体、何がどうなっている。  出口へ向かって駆け出したつもりだが、脚が絡まってうまく進めない。  身体が熱い。  息が苦しい。  眩暈がしてソファーにぶつかりそうになる。  まるで話に聞くヒートみたいだ。だがありえない。今も何も匂わない。  とにかく逃げて体制を――。  そう思った途端、後ろから腕を強く引かれ、受け身を取る間もなくテーブルに叩き付けられた。 「――うッ……ぐッ」  後頭部を打ち付けられて、両手を頭上で握り締められる。骨が軋むほどの力にナイフを落としてしまったが、腕から流れてくる恐ろしいほどの熱にまた気を取られてしまう。 「……なっ……ぁっ」  ――この熱は、なんだ……!  痛みとは違う。溶けた蝋を垂らされるような、息が詰まる感覚だ。皮膚に沈み、血の中にまで広がる錯覚に身悶える。感じたことのない身体の異変に顔を歪めながら、なんとか瞼をこじ開けた。  月の明かりを浴びた男が、獲物を捕らえた野獣の目をしてこちらを見詰めている。理性が完全に飛んだ、ただの雄だ。ルカの脚を割って押し付けてくる局部は既に硬く腫れ上がっている。

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