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第三章 (2/6)

 ――寒い。  布団に手を伸ばそうとして、やめる。いくら寒くても正気に戻った今、敵の寝具に包まることなどできるはずもない。  視線を彷徨わせると窓際に日溜まりができているのに気付いた。あそこまでなら繋がれたままでも届きそうだ。  軋む身体を引きずってベッドから降りたが、力の入らない脚は体重を支え切れず、すぐに崩れた。  膝を打つ衝撃と、鎖が床に擦れる耳障りな音が重なる。  それがやけにうるさく響いたと思った瞬間、堰を切ったように積もりに積もった不安と情けなさが身体の奥底から溢れ出した。 「……っ」  目の奥が熱い。喉が引き攣り、こぼれそうな嗚咽を全身を強張らせて必死に押し殺した。  ――考えるな。  息を震わせながら繰り返し自分に言い聞かせる。  ――何も考えるな。今はただ……。  唇を噛み締め、光の中へと這いずった。  心を絞め殺しそうな昏い窒息感も太陽の温もりに溶かされていく。言いようのない安心感が広がり、深く息を吐いて肩の力を抜いた。  ――あったかい……。  この優しい暖かさが何よりも心を落ち着かせてくれる。  頭をそっと床に置くと、疲弊のあまり、意識はすぐ微睡の中へと手繰り寄せられた。  身体を丸くして目を閉じる。  外は雲一つない、いい天気なのだろう。注がれる温もりは途切れることがなかった。 『兄さんってさ、いつも外に座ってるよね』  いつだったか、ランツが小屋を訪れた時にそう笑っていた。  風が絶えず吹き、あまり雨の降らないローアンでは陽が照っている日のほうが圧倒的に多い。それに気付いたのは匂いを失くしてからだった。大地の匂いが消えても、照り付ける日差しが変わらないことに安堵し、それを感じることが心の拠り所になっていた。 『闇に生きる暗殺者なのに、日光浴が好きだなんて、変なの』  無邪気に笑ったランツに他意はなかったのだろう。  だがその言葉はルカの心を深く抉った。  血と闇に染まった自分が、こんな陽の光の中にいる資格がないと言われたようで。  光を捨てても、ここにいることだけは許してもらいたかった。  どうか、この温もりだけは奪わないでくれ、と心の中で祈った。

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