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第三章 (4/6)
真っ直ぐな眼差しは嘘を言っているようには見えなかった。信じているのか、あんな作り話を。一国の王が?
そんなめでたい男なのか。
「だったらなんだ? 俺がその運命の番だって言いたいのか」
「そうだ。お前も気付いているだろう」
わずかに吊り上がった口角。こちらの反応を観察している鋭い眼差し。
あまりにも見え透いた魂胆だ。この揺さぶりの正解はなんだ。どういう罠だ。
言い包められたふりをし、油断を誘って殺すことはできるが、それぐらいの算段はエルベルトにも予想できるはずだ。その裏をかいているのか。それとも――。
そこでふと気付き、慌ててうなじへ手を伸ばした。違和感はない。噛まれた記憶もない。だがヒート中は正気ではなかった。隙ならいくらでもあった。もし既に番にされていたら――。
「安心しろ、噛んではいない」
冷えた指先が無傷な肌に触れ、ほっと息を吐いた。運命云々を差し置いたとしても、番にされては厄介だ。
「運命の番を殺したらどうなるか分からなかったのが、お前が生かされた最初の理由だ」
「……俺が死んだら、あんたも無事ではいられないってことか」
番の片方が死んだ時、残された者は心身共に病み、後を追うように朽ち果てる。運命の番だと、結ばれていなくともそのような影響を受けると思ったのだろうか。
「そこまでは分からん。試してみるほど私も愚かではないのでな」
エルベルトの言葉がどこまでが本当で、どこからが嘘なのか、全く掴めない。本心がまるで見えないことに焦りが募る。
「お前は気付いてなかったのか? それとも認めたくないだけか?」
「さぁな」
「――匂いだ」
「……え?」
思わず聞き返してしまった。
「匂いで分かる」
嫌な汗が背中に浮かんだ。分かるはずのものが分からない。そんな本能的な恐怖。
仮にエルベルトの話が事実だとしても、自分にだけは分かりようがないということだ。もしかしたらエルベルトの言う通りなのかもしれない。
あの異常なヒートもそのせいだったのか……?
身体が急激に冷えていく気がした。
「興味深い反応だな」
エルベルトが低く喉を鳴らす。
「心当たりがあるのか。それとも、それも演技か? 本当に面白い奴だ」
――こいつ、楽しんでる……。
なんの確信もないのは互いに一緒だ。だが切羽詰まっているルカとは逆に、エルベルトはこの闇雲の探り合いを心底楽しんでいるように見えた。有利な立場が与える余裕だけではない。相手を欺き、転がし、策略の糸に絡めて服従させる駆け引きに長けている。
欠けた五感とヒートを利用し、ただ無言で人を殺してきた自分には当然ない技量だ。
これ以上、言葉を交わしたとしても不利になるだけだ。
ルカは唇をきつく結んで俯いた。
「なんだ、まただんまりか。ようやく話してくれたと思ったが、残念だな――ルカ」
思わせぶりに名前を呼ばれて震えそうになる指先を握り締めた。またいつでも壊れる寸前まで追い込めるのだと言外に言われているようなものだ。ヒートが終わったとは言え、今ここで押さえ込まれたら成すすべがない。
「いずれにせよ……」
囁かれる言葉と同時に視界の中にエルベルトの手が伸びてくる。
「触るなっ!」
咄嗟に後ろへ身を引こうとしたが鎖がけたたましく鳴り、動きを封じられた。その隙にエルベルトの指先が頬に触れ、両側から顔を包んだ。
あの強烈な熱が再び沸き起こるのではないかと目を閉じて身構えたが、襲ってくる衝撃はなかった。代わりに、心地いい温もりが冷え切った身体の隅々まで行き渡り、胸の奥で優しい灯火として収まっていく。
満たされていく。
そんな不思議な感覚に戸惑いを隠し切れず瞼を上げた。
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