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第三章 (5/6)

「感じるだろう」  唖然とする自分の姿がエルベルトの眸に映っているのが見えるほど距離が近い。それなのに突き放せなかった。少しでも手を動かせばすがりついてしまいそうで。 「……何を?」 「繋がりを」  繋がり? この温もりが? 「お前に嘘は言わない。お前は私の運命の番だ」  なぜだろう。瞬きもしない澄んだ眸を見詰めていると切迫感が和らいでいく。 「匂いも、味も、触れた感触も、全てにおいて特別だ。お前も感じただろう。いつもと違うあの溶かされるような熱。感じたことのないほどの快楽。意識を塗りつぶされる異常を」  嫌というほど味わった。  ルカは握り締めていた拳を緩め、息を吐くと同時にエルベルトの言葉を受け入れた。  なんらかの繋がりがあるのは確かなのかもしれない。  だがそれがなんだ。  自分のやるべきことに変わりはない。目の前にいるのは標的だ。それさえ忘れなければ、運命だろうと、なんだろうと、どうでもいい。 「俺をどうするつもりだ」  平静を取り戻した声で問い詰めると、エルベルトは微笑みをたたえて額をそっと合わせてきた。 「そうだな。手始めに、私に惚れてもらうとするか」 「……あれだけのことをしといて、よく言えるな、そんなこと」 「無理な話ではない。現に私は、私の命を狙うお前に惚れたのだから」  感情のまるで籠っていない薄っぺらい言葉に口元を歪めた。 「俺があんたの言うことを信じるとでも?」  溜息混じりに、あたかも諦めかけている体を装って言った。急に態度を変えてエルベルトに取り入ろうとしても不自然だが、いつまでも拒絶するわけにもいかない。  ころ合いを測ろうと思案していると、エルベルトが笑った気配がした。 「言葉でなければ信じるのか?」  その意味を考えるよりも先に顔を引かれて唇を重ねられた。 「んんっ――!」  反射的に突き飛ばそうと手を振り上げたが片手でそれを捕らえられ、エルベルトの胸に押し当てられた。  どうしていきなりこんなことをされるのか分からなくて混乱する。今までは身体中を舐め回されても、口付けだけはされなかったというのに。  見開いた目の前にはエルベルトの双眸がじっとこちらを見詰め返している。  ひび割れた唇を肉厚な舌が舐め、強引に歯列を割って口の中に入ってきた。  それを噛み切ってやろうと瞬間沸いた殺気はしかし、遠く懐かしい感覚に留められた。  ――あ、まい……?  全身の毛が逆立つのを感じた。  忘れ去っていた「味」。  それが急に口内に広がり、世界が傾くような酩酊感に襲われる。  舌を絡め取られ、擦られ、その甘さに頭の芯までが痺れそうだった。  ――これは……夢……?  消えそうなほど薄く頼りない味だった。だが匂いを失くして以来、胃液のような酸味しか分からなかったルカにとってはどんな贅沢よりも甘味に思えた。  もっと味わいたくて、気付けば自ら舌を伸ばし、互いの口の中に溢れ返る唾液を無我夢中に啜っていた。  味が分かることがこんなにも嬉しくて満たされることだと忘れていた。  泣きそうで、喉が締め付けられるようで、呼吸すらままならない。  エルベルトの服を握り締めて引き寄せた。  離れたくない。一瞬でも長くこの幸福を味わっていたい。  どんなに願っても、祈っても、戻ってこなかった――とっくに諦めていた感覚。

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