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第四章 (3/9)

 昏い苦悩に呑まれそうな意識を引き戻したのはエルベルトの軽やかな声だった。 「外に出るか、ルカ」 「……外?」   何を言われているのか理解できず、目を合わせるとエルベルトが何か楽しいことを思いついたかのように笑って頷いた。  こんな表情もするのか。ルカはどこか茫然とそれを眺めた。  ***  エルベルトが用意した服は上質で華やかで、とても自分の身分に見合うようなものではなかった。肌に吸い付くような滑らかな生地のシャツに、クリーム色の上着と黒の下衣を惜しみなく彩る金糸。名家の長男として生まれながら一度も式典や宴に出たことのないルカにとって、これほど高価なものを身に着けるのは初めてだった。  誰かに服を着せられたこともなく、自分でやると言ってもソフィアにあしらわれた。枷を片方だけ外された手は所在なげにうなだれ、指先で手首からぶら下がる鉄を確かめるように触れる。  これを武器にしたら、と考えるも、ソファーに座るエルベルトの纏わり付く視線の前では何をやっても無駄に終わるだろう。手足の枷を開けた鍵も男の懐に収められていて、気付かれずに奪えそうにない。 「どうですか、陛下?」  鼻歌を歌い出しそうなほど嬉しそうに襟や袖を整えていたソフィアが振り向いて尋ねる。 「ああ、よく似合っている。着心地はどうだ?」  エルベルトは金に縁取られた濃紺の礼装に身を包み、満足気な笑みを浮かべて立ち上がった。  近付く男を牽制しようと、ルカは目に力を込める。 「そう一々構えるな。そんなに私が怖いか」  困ったように嘆息するエルベルトが足を止めたのは、手を伸ばせば届くほどの近い距離だった。  暗殺に失敗した夜のことはおぼろげにしか覚えておらず、こうやって冷静に向かい合って立つのは初めてだ。分かっていたつもりだが、それでも気圧されるほどの存在感に息を吞む。  身長はランツよりも高く、優れた体格が放つ威圧感は王の貫禄を表し、今まで対峙してきたアルファとは比べ物にならない。  恐ろしいと感じても不思議ではない。実際、何を考えているのかまるで読めないのは怖い。  しかし本能的な恐怖が沸かないことにも気付いていた。あれほど酷い目に合わされたというのに、命の危険を感じたことは一度もなかった。  怖いのはエルベルトではない。エルベルトの言うこと成すことに気持ちを動かされている自分自身だ。  そんなことを知ったらこの男はどんな顔をするだろうか。計画がうまくいったとほくそ笑むか、陥れてやったと嘲笑うか。それとも……純粋に喜ぶか。  ありえない考えが頭を過った時、部屋の扉が勢いよく開けられた。

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