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第四章 (4/9)

「陛下ッ。暗殺者を外へ連れ出すとは本当ですか!」  血相を変えた兵士が飛び込んできた。ルカの姿を捉えて一層険しくなるその男の顔に見覚えがあった。エルベルトの部屋の前で倒した衛兵の一人だ。ルカから離れて援護を呼ぼうと、一番まともな反応を見せたのを覚えている。 「騒がしいぞ、マルク。何か問題でもあるのか? 良い散歩日和ではないか」  エルベルトはルカの背後へ回り、抱きすくめるように腕を回してきた。 「正気ですか!」 「一晩で気が狂ったとでも?」  軽い調子で言葉を返しつつもエルベルトの注意が一時たりともルカから離れることはなかった。端から見れば悪ふざけにしか見えないこの抱擁もその実、ルカの動きを封じるものだ。 「おやめください! 陛下がなんと言おうと、そいつは危険です! 卑怯な手を使ってお命を狙った、そんな薄汚い――」 「マルク」  憎悪を露わに異を唱える護衛を瞬時に黙らせたのは国王の有無を言わさぬ一言だった。 「立場をわきまえろ。誰にものを言っている」  人を凍り付かせるほどの冷たい声。  ソフィアは驚いた表情で口元を押さえ、青ざめた護衛は即座に膝をついて深く首を垂れた。 「……ご無礼を、お許しくださいッ」  運命だの、惚れた腫れただの、ぬるいことばかり言うこの男もこうやって臣下を捻じ伏せることがあるのか。  ローアンの国王には会ったことがないが、話によると盾突く者には誰であろうと容赦しない。失敗も許さない。だからこそ父や弟、他の武官もみな、必死に成果を上げようとする。  君主の不興を買えば首が飛ぶのはこの国も一緒か。  嫌気を感じた矢先に、思いがけない言葉が続いた。 「そんなに心配なら付いて来ればいい。どうせいつものように私を案じてのことなのだろう? 分かっている。だが覚えておけ。ルカへの無礼は許さん。次はないぞ」 「はっ」  ――俺への……?  ルカが驚いて振り返るとエルベルトは、それに、と付け足して空いている手枷の片方をあろうことか、自分の左手に嵌めた。 「これを止められるのは私だけだ。ならそばに置いておくのが最善だと思わないか」  マルクは王あるまじき行為と提案に頬を引き攣らせながらも「お供します」とだけ告げて立ち上がった。  ルカは信じられない思いで鎖で繋がった手を見下ろした。互いの袖で無粋な拘束具は隠れるにしろ、国王が手枷を嵌めていたことが知れ渡ればどうするつもりなのか。  部下への叱責も、この行動も、まるで理解できない。 「あんた、頭おかしいだろう」 「お前まで言うか」  エルベルトにだけ聞こえる声で罵ったら男は笑って返してきた。 「まともな神経で国王などが務まるか」  見上げた顔にはいつもの悠然とした笑みが口元を飾っていた。それでも言葉の陰に、どこか物寂しさを感じたのは気のせいだろうか。

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