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第四章 (5/9)

 ***  手枷に引かれて連れて行かれたのは宮殿の裏に広がる秀麗な庭だった。敷き詰められた白い小石が中央に道を成し、その左右には丁寧に整えられた花壇が陽を浴びて色鮮やかな光景を作り出している。深まる秋に合わせた赤や黄色の花が短く刈られた芝生を飾る。  風の冷たさを感じ、ルカは潜入してからの時間を実感した。十日は経っただろうか。ヒート中の記憶が曖昧で正確には分からなかったが、胸の奥にある焦りが掻き立てられる。  ランツの元に暗殺失敗の報告はもう行っただろうか。弟はどう動く。エルベルトが健在でも先制攻撃で攻めて来るだろうか。それともローアンの国王は別の武官の案を取るだろうか。  そうなったらランツは……。 「お前はいつもそうなのか」  視線を上げると半歩先を歩くエルベルトが肩越しにこちらを見据えていた。脈絡のない言葉に怪訝に眉をひそめると呆れたような溜息が返ってくる。 「その表情のことだ。いつもそんな難しい顔をして黙ってばかりなのか」  この状況で笑えと言うほうが無理だ。口を開けるとどんな誘導尋問されるかも分からない。世界と渡り合うこの男なら隣国のことぐらい知り尽くしているだろう。言葉の節々から情報を拾われて追い込まれるのが関の山だ。  何も答えずに目を逸らすと、もう一度やれやれと言わんばかりの溜息が聞こえた。  しばらく自分とエルベルトのわずかにズレた足取りに続き、護衛二人の砂利を軋ませる音だけが澄んだ空気に溶け込んだ。庭を横切り、長い並木道を進む。二面の壁のように揃えられた木々はえんじや琥珀色に染まり、時折吹き抜ける風に枯れ葉を託して地面に色を浮かべる。 「秋は好きか」  今度は何だ、とエルベルトを睨んだが、それを意に介さず男は言葉を続けた。 「そろそろ鴨や鹿肉が美味くなる時期だな。楽しむといい。今の食事は口に合ってるか? 気に入った料理があれば遠慮なく言え。無論、嫌いなものもだ」  ゆったりとした穏やかな声だ。答えを待つわずかな間を空けてはいるが、返事を期待している素振りはなく、独り言のように語り掛けてくる。 「他に好きなものはなんだ? 興味のあるものでも、趣味でも、なんでもいい。お前が安心して話せることを話してくれないか」  エルベルトが少しずつ歩調を合わせて横に並ぶ。手首に掛かる負担が和らぎ、視線を一度そこに落としてからまた探るように男の横顔に向けた。 「そんなこと、知ってどうする」 「別にどうもする気はない。ただお前のことが知りたいだけだ」  何か不思議な気持ちが込み上げてくる。沁みるような温かさと、陰鬱な不安。  なぜ好みなど。なんの役に立つというのだろう。  好みも趣味も特にない。  殺しをしていない時はどうやって日々を過ごしていただろうか。つい先日までのことだというのに、遠い記憶を手繰り寄せるように思い返す。  毎日、ただ小屋の外に座って遠くを眺めていた気がする。何を考えるわけでもなく、ひたすら待っていた。ランツの訪れを、自分の役目が終わる日を、この半端な命が尽き果てる瞬間を。  そうやって押し寄せる闇と孤独に溺れそうになると空を見上げて探し求めた。遥か上空を風と共に翔る――。 「ぁ……」  脳裏に浮べた光景と重なるように並木の上を一羽の鳥が飛んだ。背にした太陽の光そのものを宿したみたいな黄金の双翼を広げ、透き通るほど白い羽をなびかせている。その神々しいまでの美しさに思わず足を止め、釣られてエルベルトも空に目を向けた。 「珍しい色だろう。キバタンという鳥だ」  鳥は円を描くように空を舞い、奇妙な鳴き声を上げた。忙しなく翼を羽ばたかせて一行の上を飛ぶと、また来た方向へ戻って行った。  ルカはその眩しい姿をいつまでも目で追ってしまい、胸が高鳴っていることに今更ながら気付く。

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