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第四章 (8/9)
この国の人々は大切に思われている。いい君主に恵まれている。
この光景を見れば、誰もがエルベルトの王としての資質を窺い知ることができるだろう。他国との取引であらゆる手を使って有利に立とうとするのは決して私利私欲のためではない。この男はそんな小さな器ではない。
ローアンの国王はどうだろうか。厳しい気候に苦しむ民を救うためにフェルシュタインの領土を狙っているとランツは言ったが、一度も会ったこともない王が本当にそう思っているのかルカには知りようがなかった。
自分がオメガだということもあるが、ローアンでは上流階級の大半ですら王の謁見を許されない。比べて先ほどの人の集まりにはオメガらしき小柄な者も、荒布を纏った労働者のような者もいた。この国では誰もが平等に王の慈愛を受けられる。大切に思われている。
――誰にでも言ってるんだろう、あんなこと……。
大切に思っているだなんて。
胸の奥が捻じれたように苦しくなり、それが何なのか、やはり分からなくて眉をひそめた。
掴めないその感情を払いのけようとして顔を背けた折に、噴水の陰からこちらを覗う少年と目が合う。子供は慌てて隠れたものの、すぐにまた顔を出し、ルカからエルベルトへ視線をチラチラと向ける。
「なぁ、あれ……」
仕方なくエルベルトの注意を引こうとしたが、自分から声を掛けたのがよほど意外だったのか、エルベルトは数回瞬きを繰り返して何か言いたそうに息を吸った。
そんな反応をされるとこちらが気まずくなる。
ルカがもう一度子供のほうへ目配せすると、エルベルトはようやくそちらに目を向けた。
「どうした? 隠れてないで出て来い」
手招きを受け、子供が顔を明るくして走り寄ってくる。国王の邪魔になると案じたのだろう、女中らしい女性が慌てて少年を追いかけたが、エルベルトは手を掲げて許した。
拙い動作で片膝を折る少年は五歳ぐらいだろうか。ルカは丸く柔らかな線を描く幼い顔を見て、自然とランツの昔を思い出し懐かしい気持ちになった。よくこうやって喜びに頬を火照らせてルカの後を付いて歩いていた。
「陛下、お願いがございます!」
「言ってみなさい」
高くから見下ろしているにも関わらず、エルベルトは威圧的にならないよう優しく促す。
「弟に名前を付けてください! 生まれるのが早くて、父さまと母さまは喧嘩するばかりで、まだ名前がないのが可哀そうです。ここの動物の中から僕が選んであげようと思ったんですが、陛下に付けてもらえれば、父さまたちもきっと喧嘩をやめるはずです!」
ルカは聞き流すつもりが、そうもいかなくなった。
生まれが早いのはオメガの証だ。使用人を雇えるぐらいの家なのだから、アルファの一族なのだろう。親の喧嘩はそこに突如生まれ落ちたオメガの存在を巡ってのもの。当然、母親の身の潔癖が疑われ、互いの血筋にオメガという不純物が混ざっていなかったか、言い争いになる。
同じだ。ランツが生まれるまでの五年間、ルカは親の笑う顔など見たことがなかった。
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