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第四章 (9/9)
横目でエルベルトの反応を見ると、やはり驚いていた。ここでもアルファの家にオメガが生まれるのは異常なことなのだと思いかけた時、エルベルトは予想外の反応を見せた。
「私が、名前を……?」
一瞬だけ揺らいだ眸には戸惑いが浮かんでいた。
「お願いします!」
頼み入る少年の前でその表情は消え、他の民に見せた寛大な笑みとすり替えられた。
――なんだ、今のは……。
見間違いかと思ってしまいそうだった。いつも自信に満ちた支配者にはおよそ似つかわしくない迷い。オメガを名付けることへの躊躇いか。そんな差別意識があるならルカに関わることはおろか、庭園にオメガを入れることも許さないだろう。だとしたら、赤子に名前を付けること自体にたじろいだのか。
答えが分からないまま、エルベルトが屈んで少年と目線を合わせる姿を以前とは少し違う興味を持って見守った。
そうだな、とエルベルトは切り出し、おもむろにルカを見上げて笑みを深めた。
「ルシアン、はどうだ。光という意味を持つ名だ――ルカと同じくな」
「……え?」
――今、なんて……。
アルファの家だの、エルベルトの迷いだの、全てが吹き飛ぶほどの衝撃に瞠目する。
鳥肌が、繋いだ手から腕を這い上がって全身に広がった。
自分の名前が光を意味する。そう言ったのか。
嬉しそうにはしゃいで礼を言う少年の声すら耳に届かないほど心臓がうるさく鳴り響く。
「……本当、なのか……?」
穏やかに微笑みながら少年を見送るエルベルトに尋ねる。声の震えに気付いたのか、男は膝をついたまま少し首を傾げてルカを見上げた。
「何がだ? 名前のことか?」
頷きを返すのがやっとだった。
「ああ。知らなかったのか? この大陸に伝わる古代語が由来だ。ルークスという単語が語源で、光や明かりを意味する」
「太陽は……?」
何かにすがる思いに声を絞り出した。
「太陽の光もそうだ。誰が付けたかは知らんが、お前に実に相応しい名だ」
共にアルファだった両親にとって、オメガのルカは恥でしかなかった。流行りの名前を適当に選んだのだろう。それでも――。
まるで許してもらえたかのようだった。
自分の存在を。太陽の下で生きることを。
エルベルトに。
真っ直ぐ向けられる眼差しには欠片も揶揄が含まれていない。
それが余計に胸を締め付ける。喉の奥が焼けるように熱い。
その苦痛に耐えようと、繋いだ手をきつく握り締めた。
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