29 / 78

第五章 (2/5)

 やがてヒートを迎え、暗殺を成功させ、ユルグと友達ですらいられなくなった。  訪ねてくる度に殺しを重ねて染み付いた血の匂いが濃くなっているのか、ユルグは次第に顔色を失い、目を合わせてくれなくなった。  いつも明るく微笑んでいた顔が恐怖と嫌悪に染まり、そうさせているのが自分だというのが何より辛かった。  あの日、ユルグを庇ったことは後悔していない。暗殺者になったことも。ただ一つ悔やむべきは、こんな生き方しかできない自分の存在だろう。何をしても誰かを傷付け不幸にする。  最後に見た、一言もしゃべれず遠ざかっていくユルグの姿を見ながらそう思った。  もしかしたら嗅覚を失くし、人との繋がりをも失くしたのはその罰なのかもしれない、と。  ***  ――繋がり、か……。  背後から身体を抱え込む逞しい腕をぼんやりと眺めた。こうやって朝を迎えることも、ここ数日ですっかり慣れてしまった。  窓の外にはまだら雲が空に浮かんでいるのだろう。その隙間から覗く朝陽に男の肌は照らされ、翳り、また照らされる。  浮いては沈む己の気持ちを表しているかのようだった。  今、目を閉じても自分を包み込んでいるのがエルベルトだと、間違えようがないほどその存在が身体に直接伝わってくる。体温だけではない。鼻では分からなくても、エルベルトの匂いが肌から染み入るかのように心を満たしていく。  匂いを失くしてから初めて、人と繋がっていると実感する。  その幸福感は計り知れないものだった。  背中合わせにある葛藤と罪悪感も。 「よく眠れたか」  首筋に唇を寄せてエルベルトがくぐもった声で話しかけてくる。それがくすぐったくて、うなじが疼くように粟立つのを誤魔化すために首をすくめた。 「離せ」 「答えたらな」  舌打ちをこぼし、肩越しに男を睨んだ。  媚びて油断を誘わなければならないのに、それができない理由は敵意でもプライドでもなく、こうやって自分に向けられる本来どうでもいい関心だった。  朝には眠りの質を問われ、雨の日には古傷が痛まないか、晴れれば出掛けたいところがあるか。好きなもの、嫌いなもの、服の着心地、暇つぶしに渡された書物の感想。  素性に繋がらない質問どころか、今まで誰にも聞かれたことのないことばかりだ。家族だから、友人だから、聞くまでもないと言えばそうだ。だが裏を返せば、誰もルカ個人をそこまで知ろうとしなかったのかもしれない。  エルベルトが初めてだ。

ともだちにシェアしよう!