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第五章 (3/5)

 ルカはむず痒い気持ちに眉をひそめ、強引に身体を捻じって枷を嵌められた手を男の胸に突き立てた。 「こんなの嵌められたままで眠れるかよ」  ここ何日も寝付けず、月が傾くのを眺める羽目になっているのは手枷のせいではなく、色々考えあぐねているせいだったが、そんなことを口にする気はなかった。  適当なこじつけに過ぎない。  だがエルベルトは途端に表情を曇らせ、起き上がってルカの手を引き寄せた。 「痛むのか」  巻かれた包帯と金属の間に指を忍ばせ、締め付けを確かめる。  あまりの真剣さに、ルカは否定も肯定もできず口ごもった。  緩くはないが、痛いほどきつくもない。だが包帯を外したエルベルトの口元は、手首に残る擦り傷の跡と痣を見てますます引き締まった。 「待ってろ」  エルベルトはベッドから降りてローブを羽織っただけの姿で部屋を出て行き、ルカが困惑しながら身を起こしている間に戻ってきた。傷薬のような容器を持っているのを見て咄嗟に手を引き、ベッドに上がってきたエルベルトから距離を取ろうと後ずさる。  触れられたくない。肌を合わせるだけでも身体が火照るというのに、薬を塗り込むために何度もさすられたらあのヒートの時の熱がよみがえりかねない。あれからエルベルトはそういった素振りは一切見せなかったが、考えただけで腹の奥が熱くなりそうだった。 「怯えるな。何もしない」  エルベルトは手を差し伸べた。眉間に皺を寄せ、なぜか頼み入るような眼差しを向けてくる。 「私が付けた傷だ。治療ぐらいさせてくれ」 「するほどでもないだろう、こんなの……」  戸惑いがちに呟きながらも、ルカは伸ばされる手を払いのけなかった。身体を固くして目を逸らし、優しく撫でる指先をできるだけ意識しないようにした。右手から左手へ、軟膏が肌に馴染むまで執拗に揉み込まれていく。速まる鼓動が手首から伝わってしまうのではないかと焦り始めた頃、エルベルトは静かに口を開いた。 「すまなかった」  その言葉に耳を疑う。目を瞠り、男を凝視する。  エルベルトの顔には憂いと後悔が入り混じっているように見えた。 「ヒートのフェロモンにやられていたとはいえ、お前を無理矢理犯したことに変わりはない。お前を追い込んで試すのも、他に方法があったはずだ。冷静を欠いていた。すまない」  声が出なかった。  こんなふうに自分のために悔やむ人なんているはずがないと思っていた。傷を負うのも、手を汚すのも、自分で決めてやっているのだから当たり前のことだ。今回の仕打ちも、エルベルトの命を狙った当然の報い。  それをなぜ謝ったりする。  一国の王が――アルファが――人殺しのオメガに。 「あんたは、誰にでもそうなのか……。誰にでも笑顔を振る舞って、気遣って、謝って……。大した王だよ」  皮肉を込めて言い捨てた。  そうではないと心のどこかで分かっていながらも、息が詰まりそうなこの気持ちをどうすればいいのか分からなくて拒絶の言葉にしてしまう。拒絶とは程遠い、心臓を震わすほどの温かい感情だというのに。 「私がお前をその他大勢の者と一緒にしてるとでも?」  何がおかしいのか、エルベルトは肩を揺らして笑い、薬を塗り終えた手首を再び包帯で覆っていった。 「私をここまで動かせる者が他にいてたまるか」  独り言のように呟き、処置が終わっても手を離さず親指で手の甲を撫でた。  どういうことなんだ。  含みのありそうな言葉も気になったが、自分の胸の内が何よりも分からなかった。  喜んでいる。  エルベルトの言葉に。嘘のない声音に。特別だと言外に言われていることに。

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