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第六章 (2/4)

 馬車を降りるとそこには立派な館があり、十人ほどの男女が正装で出迎えに出ていた。 「ようこそお越しくださいました、陛下」  そう言って長いスカートを摘まみ膝を折ったのは中年に差し掛かりながらも美しさを保った女だった。人の上に立つことに慣れてそうな自信に満ちた雰囲気からしてアルファだろう。 「本日はお見えになると聞き、貸し切りにいたしましたので、どうぞごゆっくりとお過ごしくださいませ」 「大袈裟な。構わんと言ったはずだ。茶を楽しみに来ただけだ」  エルベルトが困った笑みを見せると婦人はとんでもない、と首を大きく振った。 「ご贔屓いただいているとはいえ、陛下直々にお越しいただけるのは滅多にないこと。それに、今日はそちらの大切なお方も……」  ルカに目を向けた婦人はもう一度、深く膝を折った。 「アメリーと申します。王室へお茶をご提供させていただいている身です」 「かしこまったふりをしてるが王家の親戚筋だ」  エルベルトがそう付け加えると途端にアメリーの慎んだ表情に悪戯っぽい色が浮かび、二人を交互に見て笑みを深めた。 「陛下がなかなか番をお作りにならないから、みな心配していたんですよ。でも噂で聞いていた通り、とても聡明そうで美しいお方ですこと」  口調を崩し、声にも暖かみがある。嘘を言っているようには感じられないからこそ、ルカはどう反応すればいいのか分からず黙って俯いた。エルベルトといい、この女といい……。  アメリーはルカの素っ気ない態度にも意を介さず嬉しそうに笑った。 「陛下にしかお応えしないのも聞いていた通りですね」 「まだ色々と慣れてなくてな」 「そのご様子で。さ、中へどうぞ」  アメリーが先に立って館の中へと案内するとエルベルトが満足そうな顔を耳元に寄せてきた。 「言っただろう、お前は美しいと。誰の目にもそうだ」  その言葉と耳にかかる吐息に頭の芯が痺れそうになる。反射的にエルベルトを睨んだが、なんの効果もなかった。  その館は貴族ご用達のティールームのようで、広々とした空間に上質なテーブルやソファーがいくつもある。裏には都に流れる川を見渡すテラスがあり、そこに大きなソファーと川の石を積み重ねたような洒落たテーブルが用意されていた。  せせらぎも聞こえないほど緩やかに流れる川にルカは目を引かれ、海まで続くそれがローアンから流れていることを思い出す。故郷で見慣れた力強い速さの流れはどこにもなく、呆れるほどおっとりとしている。それが両国の気性を表しているかのように思えて、自分もこの悠長さに取り込まれている気がしてならない。  ――俺は一体、何をしてるんだ。  計画を立てるわけでも、何かを仕掛けるわけでもなく、ただ大人しく毎日を過ごしている。ランツかエルベルトか。選びたくなくて、この川のように流されているだけではないのか。

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