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第六章 (4/4)

「お前が選ぶまでは帰らんぞ」  軽やかな音を立てて飲み物が用意される傍ら、エルベルトが耳元で告げる。 「茶がそんなに大切なのか?」 「大切なのは茶ではない。お前をもっと知ることだ」  近い距離から見詰められる。曇り一つない、澄んだ蒼い眸に。  少しでも顔を近付けたら唇が触れそうな距離だ。 「……意味が分からん」  変な衝動に駆られる前にルカは顔を背けた。 「なんでも知りたい。なんでもしてやりたい。誰かに惚れるというのはそういうことだ」  そんなことをしてエルベルトが得るものは何もない。  罪悪感を拭おうとしていたユルグとは違う。  何もかもが、違う。  結局、並べられた数種類の茶をエルベルトの膝の上で飲む羽目になった。無論、味なんてどれもしない。  ただ、同じように試飲するエルベルトはアメリーと茶葉の産地や生産工程について言葉を交わす中でそれぞれの特徴を語った。  甘みと渋みのある緑の茶。深いコクのある紅の茶。清涼感が強いミントティー。果実の甘味を活かしたフルーツティー。そしてルカもよく知るスパイスの利いた高原の茶。  言葉の意味は理解できても味が分からないルカにとって、それはただ耳に心地いい音の起伏でしかなかった。  温かい飲み物に、日差しのぬくもり。いつの間にか身体の力は抜け、エルベルトに体重を預けていた。いけないと思いながらも、しばらくはいいかと自分に言い訳をする。  抵抗も反発もできない今だけ、何も考えずこの一時に浸りたかった。  ――今だけ……今だけだ。  どれぐらいそんな穏やかな時間が流れたのか。張り詰めていた気が緩み、瞼が重くなる。額がエルベルトの肩に触れたと感じた時、硬い声が耳に届いた。 「陛下、そろそろお時間が」  まどろみかけていた意識が一気に覚醒し、ルカは慌てて頭を起こした。  部下を恨めしそうに睨んだエルベルトは軽い溜息を吐き、どの茶にするか尋ねてきた。 「ルカ」  愛おしそうに名を呼ばれる。  疲れているとはいえ、こんな人前で眠りかけた自分に呆然とし、ルカは何も考えられず促されるままに薄緑色の茶を指差していた。  大した理由はない。緑茶だったか、ミントだったかさえ忘れた。ただ泥水に見えない透けた綺麗な色をしたそれを咄嗟に選んでいた。  嬉しそうに目を細めるエルベルトをなるべく見ないようにしながら。

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