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第七章 (2/3)
背筋が寒くなるのを感じた。
しかしそれを表に出すことなく、マルクと視線を合わせる。
――ハッタリか、それとも……。
冷静さを保つことは思いの他簡単だった。同じアルファだというのに、エルベルトを相手している時のあの見透かされるような恐ろしさがない。
「ローアン?」
薄笑いを浮かべ、相手の出方を窺った。
「疑わしい国は二つにまで絞られている。一つはローアン。もう一つは同盟国だ」
その答えに驚いた。この短時間で数多くある近隣諸国からたった二つに絞ったというのか。
「当てずっぽうのわりには大した自信だな」
「当てずっぽうだと? 陛下を侮るのも大概にしろ。貴様の素性を突き止めようと、どれほどのことをしておられるか。各国と話をつけるだけでも骨が折れるというのに、自らも国中を廻り、他国の商人から情報を集めておられるんだぞ」
まさか、ずっと調べていたのか。
動物庭園で誰かが口にしていた言葉を思い出す。エルベルトが港まで行っていたと。このためだったのか。
いつも他愛ない話をして呑気に笑顔を向けてくる裏でそんなに動き回っているなんて誰が思う。普通なら一番の情報源であるルカを策略の標的にするはずだろう。なぜわざわざそんな回りくどいやり方を……それもエルベルト自ら。
「陛下のお疲れのご様子を見て、何とも思わないのか」
マルクが張り詰めた低い声で問う。
「なんで俺が? あいつがどんなに必死になろうと俺には関係――」
「貴様のためにやってるんだぞ!」
怒鳴り声よりも、その言葉の意味に息を呑んだ。
「貴様が何に縛られているのか知らないが、それから解放してやろうと陛下は身を粉にして走り回っておられるんだ! いつどこで再びお命を狙われるかも分からないのに、ご自身の危険は一切かえりみない。ローアンに標的を絞るならまだしも、味方にまで容赦なく探りを入れて同盟は破綻寸前の緊迫状態だ」
『誰にでもそうなのか』
違う。
『私をここまで動かせる者――』
それは、ルカだけだという意味だ。
――あいつは、本気で俺のために……。
「そこまでして貴様を自由にしてやりたいと思っている陛下のお気持ちを、一度でも考えたことがあるのか!」
エルベルトの気持ちだと? そんな余裕、どこにあった。
ずっと疑ってきた。そうすることでしか自分を保てなかった。
あの逞しい腕の中が心地いいと、想われていることが嬉しいと認めてしまったら自分はどうなる。
自由になりたいだなんて。
ランツから解放されたいだなんて。
「誰が頼んだよ、そんなことッ」
声が詰まりそうだ。胸が苦しくて仕方がない。
「俺を縛ってんのはそっちのほうだろう!」
自分を誤魔化す言葉だと知りながらもそれを投げ返すと、マルクはしばらく押し黙った。
「なら逃がしてやる。二度と陛下のお命を狙わないと誓うならな」
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