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第八章 (3/6)
「国が弱くならないのは同盟の強さのお蔭だな」
エルベルトは声を和らげ、諭すのではなく、語り掛けるように続けた。
「対話で結ばれた同盟を作るには時間も手間も掛かる。相手の腹を探って自分も探られ、疑い疑われ、少しずつ相手のことが分かってくる。弱みを見せ合うこともあれば、強みを誇張することもある。互いにないものを補い、共存の道を探す。国も人も同じだ。これが功をなせば、武力などで勝ち取る関係とは比べ物にならないぐらい強い信頼が生まれる」
信頼――それがエルベルトの狙いなのか。
服従でも懐柔でも、ましてや制裁でもなく。だからエルベルトもマルクも身を挺してまで話し合いを選ぶのか。回りくどくても、無駄だと分かっていても。ソフィアのあの約束も、信用してもらうための精一杯の譲歩だったのかもしれない。
「私はお前の強さに心底惚れたんだ」
エルベルトは言葉を続ける。
「だからお前にこだわる。お前の忠誠心も強さも、お前の全てが欲しい。どんなに時間が掛かろうと、お前の信頼を得てみせる」
「そんなに、忠実な暗殺者が欲しいのか?」
ルカは自嘲気味に唇を歪ませた。これほど対話を重んじている男が、どうして人殺しを受け入れられる。不快に思わないのか。拒絶しないのか。ユルグのように。
「ルカ」
名を呼ばれ、戸惑いがちにエルベルトと目を合わせる。男の手が頬を包み、その温もりに寄り掛かりたくなる。
「私が欲しいのは暗殺者ではない。お前だ。一途で、心優しくて、どんな苦境にも負けない強さを持つお前だ。お前の暗殺の腕ではない」
繰り返し言い聞かせるようにゆっくりと紡がれる言葉に胸が高鳴り、身体の奥底から震えそうになる。
「俺は……人を殺すことしかできない」
それしか価値がない。暗殺のできない自分など、父にもランツにも役に立たなかった。
しかしエルベルトはそれを否定する。
「そう思うのはお前が殺ししか命じられてこなかったからだ。その力で人を護ってみろ」
――護る?
「誰を……?」
人を護ったところでランツのためにならないだろうに。
「無論、私だ」
しごく当然のように真顔でそう言われると、力が抜けるような笑いがこみ上げてくる。
この男はどこまで傲慢なのだろう。
傲慢で、それでいて人想いで、何も分かっていないくせに救いの手を差し伸べてくる。
求めてくれる。暗殺者の自分ではなく、人として。
信じてみたかった。
彼の想いを。彼が進む和平の道を。
その手を取って応えたかった。
だけど――。
『僕には兄さんがついてる』
ルカは開きかけた唇を閉じ、顔を背けて首を振った。
できない。どうしても裏切れない。
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