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第八章 (5/6)
「あんたに妄想癖があったとは知らなかったよ」
「夢も野望もないんだ。それぐらい許せ」
エルベルトの表情が変わったわけでも、声音に変化があったわけでもないが、言葉の裏に以前にも感じた物寂しさが潜んでいる気がした。普段の姿からは想像できない、心細さにも似た響き。
「あんたでも、不安になることがあるのか」
何気なく浮かんだ質問が予想外だったのか、エルベルトは上体を起こして何度か口を開いては閉じた。珍しいと思いつつ、ルカは視線を外さなかった。
「どうしてそんなことを?」
どうしてだろう。自分でもよく分からなかった。ただ以前に『まともな神経で国王が務まるか』と言ったエルベルトを思い出していた。どこか不安で、孤独を抱えているようなあの横顔。
「なんとなく、そう思っただけだ」
そうとしか言いようがなかった。
偶然か、これもまた運命と呼ぶのか、ルカが嗅覚を失くした十二の時にエルベルトも父を亡くし、国を背負わなければならなくなった。周りに頼られると強がるしかすべを知らない、今から思うと、たった十二歳の子供だ。自分がランツの前で兄という仮面を被り続けたのと同じように、エルベルトも国王という仮面を身に着けたままなのではないか。
いくらそれが定着しようと、成功を収めようと、根底に漂う澱は拭い切れないものだと、ルカは身をもって知っていた。
認めてもらえただろうか。役に立てているだろうか。
もう用済みだと捨てられないだろうか。
ずっとそんな不安に苛まれてきた。
「不安、か」
エルベルトはおもむろにそう呟くとおかしそうに苦笑した。
「山ほどあるな。私も所詮ただの人間だ。失敗を犯すことも、当たり前なものを見落とすことだってある。だが国王相手にそれを指摘できる者はいない」
「だから街の様子を俺に聞いたのか?」
「お前は自分以外のことについては素直だからな」
エルベルトは困ったように小さく笑う。
「本当は先代の時代のほうがよかったと思ってる者もいるだろう。そうとも言えずに仕方なく従っている部下も、おそらく……」
――あぁ、そうか。
ルカは生まれも育ちも、天と地ほどの差がある自分たちに共通点などあるはずがないと思っていた。だが他人から隔たりを作られ、一人で悩むしかできなかったこと、誰かに認められようと必死だったことは、もしかすると同じだったのかもしれない。
赤子を名付けてくれと頼まれた時に見たあの迷いの理由をようやく理解できた気がする。
エルベルトはずっと自分を父親と比べていたのだろう。偉大なのは先代で、自分はその身代わりだとしか思っていないのかもしれない。
――本当に、馬鹿だな。
あんなに暖かく笑ってくれる親戚がいて、あんなに心配してくれる部下がいて。
「誰も何も言わないのは、誰もそう思ってないからだ。それぐらい、俺にだって分かる。この国の民が見てるのはあんただ。先代なんかと比べてない。フェルシュタインがここまで繁栄したのは、あんたの力だ」
この国の富は天候に恵まれているからだとローアンでは言われているが、それは違うとここ数日ではっきりと分かった。
渡された書物の中には世界中から集められた農作物に関する本があった。エルベルトは他国と貿易関係を結び、貧しい土でも育つ作物を取り入れて土地を豊かにしていたのだ。
国が平和なのも、民が笑顔でいられるのも、全てエルベルトの――。
「あんたの努力だ。堂々と誇ればいい!」
こんなにむきになっているのはおかしいと思いつつも、言わずにはいられなかった。
エルベルトは呆気に取られたように固まり、驚きと、何か読めない感情を目に浮かべている。それが何なのか、確かめるより先にすがりつくように抱き締められた。
「なッ……」
すがりつくような腕の力にルカは声を失くした。
「お前はどうしてッ……いつも、いつも……私の予想を、こうも超えてくる!」
悔しいのか、嬉しいのか、くぐもった声はらしくないぐらい途切れ途切れだった。
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