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第八章 (6/6)
――ただの人間、か。
国王とは何をしても許され、全てが意のままの存在だと思っていた。望むものは何でも手に入り、当然のように人の上に立つ。それが違っていたことを、本当にただの人間だということを、初めて実感した。
ルカはエルベルトの肩越しに赤く燃える空を見上げ、回された腕とは関係なく、息が詰まりそうになる。
この男が、好きだ。
熱くなるまなじりに蓋をするように瞼を閉じ、ようやく自分のその気持ちを認めた。
弟や友人を大切に思うものとは違う。
エルベルトの生き方を尊敬し、知れば知るほど惹かれていく。優しさに救われ、触れられる度に喜びを覚え、こんな意外な一面でさえ愛おしく思う。
ずっとそばにいたいと願うこの気持ち。
終わりをひたすら待っていたあの頃とは違う。
もっと聞きたい。知りたい。触れたていたい。もっと、もっと。
『誰かに惚れるというのはそういうことだ』
叶わないと知っているのに。
「今度はお前が答えろ、ルカ」
明らかな怒りを声に纏わせ、エルベルトが尋ねる。回された腕に一層力が込められた。
「お前は一体、誰を庇ってる? そんなにそいつのことが大事なのか? お前を傷付けて、殺しをさせるような、お前を取り返そうともしない奴がッ」
――ああ、大事なんだ。
何を頼まれても、自分がどうなろうとも、ランツのためなら何だってする。そうでないと、今まで犠牲にしてきた全てのものが無駄になる。信じてきた己の気持ちも、あの日の誓いも、嘘になる。
だから塞がりそうになる喉から声を絞りだした。
「あんたの目論見通りにはならないよ」
「目論見などあるものか!」
エルベルトは身体を離し、鋭い眼差しを向けて肩を揺さぶった。
「まだ私を信用できないのか?」
ルカは虚ろな目を逸らし、言いたいことを呑み込んだ。目論見がないことぐらい分かっている。だが信用したところで、好きだと告げたところで、どうせその気持ちごとエルベルトを殺す他ない。
「全てを話せ、ルカ。必ず道はあるはずだ」
「だから、あんたの首だって」
諦めを知らない男に笑いがこぼれそうになりながら投げやりな言葉を浴びさせると、以前とは打って変わった答えが返ってくる。
「私の首を取れば、お前は幸せになれるのか」
思いがけない問いに、ルカは驚いてエルベルトを見返した。
冗談でも皮肉でもない。エルベルトの目は真剣だ。
この男を殺し、ランツの出世を確保し、そして……その先はどうなる。
また次の殺しの指示を待ち、同じことを繰り返すだけの日々。
そこに幸せなんて、あるはずがない。
ルカは唇を吊り上げて、笑ってみせた。
「ああ。あんたの首一つで俺の幸せは保証されるんだ。だから言っただろう? あんたのやってることは何もかも無駄だって」
宵闇に呑まれていく都の光が最後に見せたのは、切なげに歪むエルベルトの顔と、そこから次第に表情が消えていく様だった。
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