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第九章 (4/6)

「辛いか、ルカ」  静かな声が鼓膜を震わす。  言葉が胸を突き刺す。  辛い。小さな声が心のどこかで答え、震える手を止めた。  暗闇の中で光を求めるように、焦点の定まらない目であの曇りのない眸を探す。  エルベルトは首を晒したままそっと手を伸ばした。強張る頬に触れ、切なげに目を眇める。 「ずっとそうやって一人で背負ってきたのか。どれほど辛くても、どれほど苦しくても」  目の奥が焼けるように熱い。  歪んでいく視界の中でエルベルトが起き上がるのをただ眺めることしかできなかった。 「辛い時は、助けを求めていいんだ、ルカ。苦しい時は苦しいと言っていい」 「ッ……」  温かい手に顔を包まれ、ルカは漏れそうになる嗚咽を押し殺してきつく目を閉じた。 「お前は十分頑張った。これ以上、一人で抱えるな」  ずっと誰かにそう言ってもらえるのを、どこかで願っていたのかもしれない。  辛くて、寂しくて、それでも一人で耐えるしかなかった自分に手を差し伸べて欲しかった。  何年もこらえていた涙が瞼の下からこぼれ落ちる。  甘えていい。  頼っていい。  本音を吐き出していい。  言葉なくそう言ってくれるように、優しい指が涙を拭った。  ――ごめん……ランツ……。  刃物が甲高い音を立てて床に落ちる。 「っ……あんたを、殺せば、幸せに……なんて、嘘だッ、俺はッ――」  声も言葉もうまく出せなかった。涙ばかりが溢れて、口を何度開こうと、みっともない喘ぎしか出てこない。 「……くないッ……殺し、たくない!」 「なら殺さなくていい」  回される力強い腕にすがり、ルカは必死に首を振った。 「……さないと、ランツが……ッ」 「ランツ?」 「弟……」 「人質に取られているのか?」 「違っ、裏切れな――」  自分でも何を言っているのか、何が言いたいのか、分からなくなる。どうやって助けを求めればいいかも分からない。ただ胸が押しつぶされそうなこの苦しみをどうにか吐き出したくて、それができなくて、ますます苦しくなる。 「分かった、ルカ。落ち着け。大丈夫だ。もう大丈夫だ」  エルベルトは服が汚れるのも構わず、涙に濡れるルカの顔を肩に押し付け、大きな手で髪を撫でた。何度も、何度も、泣きじゃくる子供をあやすような手つきで。背中をさすり、きつく抱き締めてくれた。  暖かくて、優しくて、全てが包み込まれるようだ。幼い頃に夢見たのはこんな抱擁だった。  この腕に護られている。そう思うと言いようのない安心感が沁み渡り、また涙がこぼれた。  まるで太陽の温もりの中にいるみたいだ。  エルベルトが納得したような溜息を吐く。 「お前がずっと庇っていたのは弟か」 「……ご、めん……ごめん……」  誰に謝っているのか自分でも分からなかった。弟なのか、エルベルトなのか。殺そうとしたこと、殺せなかったこと。ずっと欺いていたこと。それら全てに対してなのかもしれない。 「謝る必要はない。お前らしい信念だ」  何がらしいのか分からなかったが、エルベルトに触れられ、規則正しい鼓動を服越しに感じていると徐々に心臓がそれに合わせるように鎮まり始めた。嗚咽が治まり、身体の強張りも溶けた頃、エルベルトはこめかみに唇を寄せて声を再びかけた。 「落ち着いたか?」  これほど誰かの前で乱れたのは初めてで、感情の嵐が過ぎ去った今、一気に恥ずかしさが込み上げてくる。エルベルトを見ることができず、顔を隠したまま頷いて目元を拭った。 「お前の弟は私に恨みでもあるのか?」  ルカは首を振る。 「弟は……国王の、側近」 「ローアンのか?」 「……ああ」  素直に頷き、ゆっくりと息を吸ってから話し出した。

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