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第九章 (5/6)

「ローアンは、あんたの首を取って、混乱の隙に国を侵略しようとしてる。作戦を立てたのが弟だ。失敗すればどんな罰を受けるか分からない。だから俺は……」  殺されかけた人からすれば、そんなことはただの言い訳にしか聞こえないだろう。  殺そうとしておきながら助けを求めるなど、虫がよすぎる。  だがエルベルトは間髪をいれずに尋ねた。 「お前は何を望んでいる?」  恐る恐る顔を上げると、エルベルトの表情はいつもと変わらず穏やかで、少しも責めているようには見えなかった。 「余計なことは考えなくていい。お前がどうしたいかだけ言え。必ず応えてみせる」  どうしてこんなに寛大でいられるのだろう。  こんな男に敵うはずなど、最初からなかった。 「……あんたを、殺したくない……でも、弟を助けたい」  無理な願いだと知りながらもそれを口にすると、エルベルトはあっさり頷いた。 「分かった。簡単なことだ」 「どこがッ?」  ルカが目を丸くして返すと、エルベルトは得意気に眉を上げた。 「私を誰だと思っている。お前にはその二択しかないかもしれないが、フェルシュタインの国王として、私にできることはお前より遥かに多い。侵略を阻止することも、戦争を上回るほどの利益をローアンに提案することだってできる。それを弟の手柄にすれば済む話だ」 「そんな、こと……」  できるのか。あの好戦的なローアンを話し合いの場につかせるなど。ランツだってどこにいるかも、こんな敵と手を結ぶような真似を受け入れるかどうかも分からない。  だがエルベルトは微塵も不安に思ってなどいないようで、今度はルカの目元に口付けた。 「心配するな。私に任せろ」  ローアンにとっての利益はフェルシュタインにとって不利益ではないのか。ルカの身勝手な望みのためにそこまで犠牲にしてくれるのか。 「他はいいのか? 家族は?」  静かな問いに首を振る。 「もういない」  一族とは縁を切った。親も生きていたとしても、助けてくれとは言わなかっただろう。  声にはしなかったものの、何かを感じ取ったのか、エルベルトが眉をひそめた。 「お前を暗殺者に仕立て上げたのは親か? これも……」  背中の手が火傷跡のある脇腹に回り、ルカは俯き加減に頷いた。 「昔、事故で匂いが分からなくなって。だからフェロモンにも影響されない。それを利用して、父と弟の作戦のためにアルファを……」  今更だったが、自分の汚れた過去を話すのが後ろめたくて言葉を濁してしまう。だがそれさえもエルベルトは受け入れてくれた。 「お前が好きでやっていなかったことぐらい分かっている。匂いのことも薄々気付いてた」 「……え? いつから?」  驚いて顔を上げる。  あんなに茶の味や旬の食べ物についてしゃべっていたというのに。

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