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第十章 (3/7)

 アルファ殺しの腕。  分かっていたはずだ。暗殺の腕しか役に立つものはない、と。  ただこの半月ほど、殺しとは全く関係ない、自分自身を見てくれるエルベルトの優しさに浸り続けたせいか、弟の本心がどんな鋭利な刃物よりも心を深く抉った。  ずっと失いたくないと思っていたあの信頼は、いつしか兄としての自分ではなく、暗殺者としての自分にしか向けられていなかったのだと、冷たい失望に呑まれながらようやく理解した。  ただの道具。 「下らん」  不意に届いた声に全身が強張った。 「他人の力なしでは何もできないとは、とんだ甘ったれだな」  ――エルベルト……ッ!  無事でいることに安堵する間も、振り向く間もなかった。脱力していたはずのランツが一瞬のうちに跳ね起き、ルカは考えるよりも先にその腕を掴んだ。 「よせ、ランツ!」 「離せッ!」  怒り狂った弟の目に自分は映っていなかった。力ずくで腕を振り解かれ、噴水の石に叩きつけられる。 「ぐッ」  後頭部を襲う痛みに意識が飛びそうになるのを必死でこらえた。  二人のアルファがぶつかり合う激しい剣戟(けんげき)の音が広場に響き渡る。 「お前の魂胆ぐらい分かってる! 兄さんを騙して、情報を引き出して、いらなくなったら捨てるんだろう!」 「捨てたのはどっちだッ。貴様にルカの何が分かる!」  エルベルトは神話に出てくる戦の神のように怒りを剥き出しにして戦っていた。凄まじい威力と速さで衝突する剣は赤い炎の光を反射し、火そのものを纏っているかのように見えた。  ランツの腕は誰もが認めるほどだが、エルベルトの前ではまるで歯が立たない。舞いのように優雅で軽やかな動きは一瞬の隙も与えない鋭さと迫力で弟を圧倒した。 「己のことしか考えず、情であいつを縛り付けて道具のように利用したのは貴様のほうだ! それでもあいつは貴様を庇い続けた。貴様のためにどれほどあいつが苦しんできたと思ってる!」 「ッ――!」  耳をつんざく鋭い音と共にランツの剣が弾き飛ばされる。  それを見た瞬間、ルカは飛び出した。 『敵が最も無防備なのは、勝利を確信した時だ。その時を狙え』  父に叩き込まれた言葉。染み付いた習慣。ランツも同じはずだ。  剣が地面に落ちるよりも早く、ランツは袖の隠しナイフを引き抜き、投げた。  ――間に合えッ。  突き出した手を、細い刃が貫く。  感じたのは痛みではなく安堵だった。 「ルカッ!」  地面に倒れる寸前に力強い腕に引かれてエルベルトに支えられる。 「まだッ――」  ランツが再び攻撃してくることを恐れて振り返ったが、弟の凍り付いた表情を見て動きを止めた。  ランツは怯えるような目でルカの手に突き刺さったナイフを凝視していた。   ――あぁ、これは……。  理解すると同時に、身体中の血の気が引いていくような激しい悪寒に襲われた。  あの時と同じだ。  母親に毒を飲まされた時と。

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